一方的に子を連れ出した夫に対し子の母への引渡を命じた審判例紹介
○申立人の夫である相手方が,共同で監護していた未成年者(当時3歳)を,申立人の同意なく,予期できない時期に突然,一方的に連れ出し,所在さえも明らかにしなかったことから,子の監護者指定及び子の引渡しを各申立て、相手方の未成年者連れ去り行為は申立人の監護権を著しく侵害する違法なものであり,幼児である未成年者にとって過酷であり,現状は未成年者の福祉に反している等として,各申立てを認容した平成28年11月9日横浜家庭裁判所横須賀支部審判(ウエストロー・ジャパン等)全文を紹介します。抗告審平成29年2月21日東京高裁決定でも同じ結論でした。
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主 文
1 未成年者の監護者を申立人と指定する。
2 相手方は申立人に対し,未成年者を引き渡せ。
3 本件手続費用は相手方の負担とする。
理 由
1 申立ての趣旨
主文1,2項同旨
2 当事者の主張
(1) 申立人
ア 相手方は,平成28年5月18日,未成年者の主たる監護者である申立人に何ら事前の相談なく,申立人が家にいない状況を利用して,未成年者を連れて家を出た。そして,申立人には行き先を知らせず,申立人と未成年者の連絡の可能性すら絶った。このような相手方の連れ去り行為は違法である。
イ 未成年者を主として監護していたのは申立人であり,相手方は,補助的な形で育児参加していたにすぎない。
未成年者は,母である申立人により懐いており,申立人から引き離された未成年者が情緒不安定になる可能性は高い。
ウ これまでの相手方の粗暴な行動や相手方の性格からすると,思い通りにならない未成年者に対し,相手方が暴言や暴行による虐待に及ぶおそれや育児放棄に至る可能性が高い。
エ 相手方の側には,適切な監護補助者がいない。
オ 申立人は,日常的に未成年者の世話をしてきたものであり,一緒に過ごす時間を増やすために勤務形態を変えたり,未成年者の食事を時間をかけて手作りするなど,未成年者の育児に熱意を持って取り組んできた。
カ 申立人は,実家にいるが,実家の両親は,これまで未成年者の監護に積極的に関わってきており,未成年者も申立人の両親になついている。このように申立人側の監護環境については,両親による適切な監護補助が期待できる。
キ 以上に加え,幼児期における母親優先の原則や監護の継続性の観点からも申立人が監護者としてふさわしいというべきである。
ク 以上によれば,末成年者の監護者を申立人と指定した上,未成年者を申立人に引き渡すよう相手方に命じるのが相当である。
(2) 相手方の主張
ア 本件は,申立人が相手方に対し,未成年者の面前で暴力および暴言を吐くなどし,未成年者の心身に重大な影響を及ぼしていたことから,相手方が未成年者の健全な成長発達のために未成年者を連れて自宅を出たものである。
イ 未成年者出生以前より,申立人は相手方に対し暴力を振るっていた。申立人は,興奮すると自己の感情をコントロールすることができなくなり,相手方を支配しようとしたり,理不尽な対応を迫るなどしていた。そして,激高すると突然家の外に飛び出して出て行ったり,拳で相手方の顔を何度も殴ったり頭突きをしたり,蹴るなどしてきた。
未成年者出生後も申立人の気性は変わらなかった。平成26年秋ころ,申立人は些細なことで激高し,ガラス製の温度計を相手方に投げつけたが,未成年者はこの様子を見て硬直していた。また,平成27年2月ころには,激高した申立人が文化包丁を持ち出し,相手方が宥めると,大声をだして玄関の上がり框を3~4回刺した。このときも未成年者は隣室で騒ぎを聞いていた。
さらに,申立人は相手方に対し,日常的に「お前,ふざけんじゃねえ。」「舐めてんじゃねえぞ。」などと話していた。このため,未成年者が「ふざけんじゃねえ。」と申立人の口調を真似するようになった。
ウ 未成年者の主たる監護者は相手方であった。即ち,平成26年10月に未成年者が保育園に通園するようになって以降,保育園の送りこそ申立人が行っていたものの,保育園の迎え,帰宅後に未成年者の夕食を作ったり洗濯をしたり入浴をしたり,就寝前に絵本を読み聞かせて寝かしつけるまでの一切を相手方が行っていた。また,朝も起床して未成年者の朝食の準備を行い,保育園の連絡ノートを記載し,保育園の準備をすることも相手方が全て行っていた。
エ 未成年者は,現在,相手方の下で健全に成長している。既に新しい保育園に通園し,のびのびと成長を遂げているものであり,夜泣き等母親を恋しがる様子もない。相手方や相手方の母親は,怒鳴ったり大きな声を上げることもないことから,未成年者にとって現在の環境を維持することは極めて重要である。
オ 相手方の父は医師であり,相手方に対し十分な経済的援助が可能である。相手方の母は仕事をしておらず,ほとんどの日を相手方および未成年者と一緒に生活している。今後も状況に応じて一緒に生活することは可能であり,十分な支援が期待できる。
カ 申立人の両親は,申立人が興奮して感情をコントロールすることができないことをよく知っていながら,申立人の暴挙を止めることができなかった。
キ 以上によれば,未成年者の監護者は相手方と指定するのが相当であり,申立人の子の引き渡しの申立ては棄却されるべきである。
3 判断
(1) 一件記録によれば,次の事実が認められる。
ア 申立人と相手方は,平成24年3月14日に婚姻し,長女A(未成年者,平成25年○月○○日生)をもうけた。
イ 申立人は,未成年者出生後,授乳中は母乳を与え,離乳食は手作りのものを食べさせ,寝かしつけをするなど,未成年者の監護は,専業主婦であった申立人がそのほとんどを行っていた。また,この間申立人は,詳細な育児日記をつけるなど,その監護の態様は非常に熱心であった。相手方は,植木職人として働いており,育児については,帰宅後,入浴や寝かしつけを手伝うことがあった。
ウ 平成26年10月,申立人が働きに出るようになり,1歳2か月の未成年者は,昼間は保育園に預けられるようになった。朝は申立人が未成年者を起こし,準備した朝食を食べさせて登園させるが,申立人の帰宅時間が遅いため,降園後は,相手方が未成年者の夕食,入浴,寝支度などを行っていた。
保育園の連絡帳は,帰宅後の生活欄は相手方が記入し,連絡事項の欄は申立人が記入していた。保育園のお迎えは相手方が担当していたため,持ち物の準備も相手方が行うことが多かった。
エ 申立人は,平成27年10月から店長を任され,勤務時間の関係で帰宅が遅くなり,未成年者と過ごす時間が少なくなった。このため,申立人は,勤務時間を短くしたいと考えていたが,相手方が仕事を変えて収入を増やすという約束を果たさず,やむなく申立人が正社員として遅くまで働き収入を得る状態が続いていた。そのようなこともあって両者間に諍いが増え,夫婦関係は必ずしも円満ではなかった。
オ 申立人は,このような状態が我慢できなくなり,収入が下がるため相手方は反対したが,会社に希望を伝え,勤務時間を変更して貰った。
これにより,平成28年4月21日以降は,申立人の勤務時間が短くなり,主に申立人が保育園に未成年者を迎えに行き,夕食を食べさせたり,入浴をさせたりするようになった。
カ 相手方は,平成28年5月18日,突然,置き手紙を残し,未成年者を連れて家を出て,現住居に転居した。
申立人は,同年4月,相手方から強く自宅購入を勧められ,申立人名義で住宅ローンを組み,自宅を購入したばかりであり,相手方の出奔を全く予想していなかった。
相手方は,未成年者を連れて自宅を出た後,申立人に全く連絡せず,住所も教えなかった。
キ 相手方は,平成28年5月18日から,現住居の賃貸アパートで未成年者と2人で暮らしている。相手方は,別居後しばらく無職で実家から経済的援助を受けていたが,同年8月初めに就職した。また,未成年者は,同年7月1日から新たな保育園に通っている。
別居当初は,相手方の母が2~3週間泊まり込んで相手方の監護補助をしていた。相手方の母は,その後は月に1回1週間程度滞在して未成年者の遊び相手をしている。
相手方は未成年者に対し,家を出る当日「今から新しい家に行くよ。」と伝えただけだったが,その後,未成年者は相手方に対し,別居の理由や申立人について尋ねようとしなかった。
ク 未成年者は,平成27年4月1日から平成28年5月18日まで,△△保育園に在園していたが,その間の様子は,活発で,色々なことに興味を持ち,三輪車をこいだり,滑り台で遊ぶことができ,言葉の覚えも早く,発育や発達に問題は認められなかった。また,未成年者が乱暴な言動を示すこともなかった。面談や保育参観等の行事には申立人が出席することが多かったが,運動会や夏祭りには両親で参加しており,仲の良い家族という印象を持たれていた。
ケ 未成年者は,平成28年7月1日から現在在園する保育園に通っている。自己主張の強い傾向は窺われるが,格別問題なく適応している。今のところ,保育園において,未成年者が申立人について話をすることはなく,他の園児の母親を見ても特に反応することはない。
コ 平成28年8月25日早朝,近隣住民から児童相談所に「相手方らが転居してきてから,度々子供の泣き声と男性の怒鳴り声が聞こえていた。今日も早朝から子供の泣き声と男性の怒鳴り声が聞こえる。」旨の通告があった。このため,翌日,児童相談所職員が事前連絡なしに相手方宅を訪ねたが,室内や親子の様子から一時保護措置をとるまでの重篤性や緊急性は窺われなかった。
サ 平成28年8月25日(上記通告のあったのと同日),家庭裁判所調査官が,調査のため相手方宅を訪れた。その調査結果によれば,相手方の未成年者に対する関わりは,指示的,禁止的なものが散見されたが,一方通行にはなっておらず,未成年者は緊張場面では相手方を頼り,また,相手方や相手方の母に自然に触れあって甘える様子が観察された。
その際,調査官が,相手方のいない部屋で(相手方は隣室におり,その間のドアは開いていた)未成年者に対し,申立人のことを尋ねると,未成年者は当初「覚えていない」と答えていたが,そのうち,申立人と遊びたい旨を小さな声で呟いた。
シ 申立人は,現在実家で両親と生活している。申立人の両親は,これまで未成年者を可愛がっており,未成年者は申立人の両親になついていた。実家の居住環境にも問題はない。
申立人は,2年間現在の勤務先で正社員として雇用されており,実家の援助も得られることから,経済的な問題もない。申立人は,今後,実家で両親の協力を得ながら未成年者を養育していきたいと考えている。
(2) 上記認定の事実によれば,相手方は,共同で監護していた未成年者を,申立人の同意なく,予期できない時期に突然,一方的に連れ出し,所在さえ明らかにしなかったものであり,このような相手方の連れ去り行為は,申立人の監護権を著しく侵害するものとして違法というほかない。
相手方は,申立人が相手方に対し,未成年者の面前で暴力および暴言を吐くなどし,未成年者の心身に重大な影響を及ぼしていたことから,未成年者の健全な成長発達のために未成年者を連れて自宅を出た旨主張するが,申立人の暴言や暴力を裏付けるに足りる的確な証拠は一切なく,相手方の主張は到底採用できない。
また,上記認定の事実によれば,申立人と未成年者の親子関係は良好であったと認められるところ,未成年者は,現在の環境に適応するため,無理に申立人を意識から閉め出そうとしていることが窺われるのであり,このような状況は,3歳の幼児である未成年者にとって過酷というほかなく,現状は未成年者の福祉に反している。
加えて,相手方の監護方法には,適切とは言い難い点も認められる。これに対し,申立人については,これまでの関わり方や現在の監護体制に格別の問題は認められない。
(3) 以上によれば,未成年者の監護者を申立人と指定した上,未成年者を申立人に引き渡すよう相手方に命ずるのが相当である。
よって,主文のとおり,審判する。
平成28年11月9日 横浜家庭裁判所横須賀支部 裁判官 庄司芳男