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養育費・認知

DNA鑑定採用で父子関係を否定した平成10年5月14日福岡高裁判決紹介

○「強制認知の訴え-親子関係の立証程度と方法」を読んだ方からDNA鑑定と裁判結果に関する質問を受け、関連する裁判例を探していたところ、実親子として生活してきた戸籍上の父子につき、DNA鑑定を採用して父子関係を否定した平成10年5月14日福岡高裁判決(判タ977号228頁)が見つかりましたので、全文紹介します。

○この高裁判決の原審平成9年11月12日大分地裁判決(判タ970号225頁)は、DNA鑑定結果を排し、親子関係不存在確認請求を棄却していました。この判決は、親子関係不存在確認訴訟とDNA鑑定について詳細に論じており、大変、参考になりますので、後日、紹介します。


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主  文
一 原判決を取り消す。
二 控訴人と被控訴人との間に親子関係が存在しないことを確認する。
三 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。 

事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨

 主文と同旨

二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二 当事者の主張
一 請求原因(控訴人)

1 控訴人と被控訴人の母甲野春子(以下、「春子」という。)は、昭和47年5月8日婚姻し、平成4年5月8日離婚した。
2 被控訴人は、昭和46年4月10日、春子が出産した子であり、戸籍上、控訴人と春子間の長男と記載されているが、控訴人の子ではない。
3 よって、控訴人は、控訴人と被控訴人間に親子関係が存在しないことの確認を求める。

二 請求原因に対する認否(被控訴人)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、被控訴人が、昭和46年4月10日、春子が出産した子であり、戸籍上、控訴人と春子間の長男と記載されていることは認め、その余は否認する。
 控訴人は、昭和50年5月16日、三重町長に被控訴人を嫡出子として出生届をし、同日受理されたのであり、右届出は、認知届としての効力を有する。

第三 証拠
 証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。 

理  由
一 本件訴えの適法性について

 被控訴人は、親子関係の存否確認を目的とする訴訟は、父母及び子の三者間に合一にのみ確定すべき必要的共同訴訟であって、春子を当事者としない本件訴えは不適法であり、却下すべきであると主張しているが、嫡出親子関係不存在確認の訴えにおいては、父子関係と母子関係との各不存在を合一に確定する必要はなく(最高裁第三小法廷昭和56年6月16日判決)、嫡出親子関係は、父子関係と母子関係とに分離して判断することができるものと解されるので、本件訴えが必要的共同訴訟であることを前提とする被控訴人の本案前の主張は採用し難い。

二 甲第一ないし第10号証、第13ないし第17号証、乙第一号証、原審における証人甲野春子の証言、控訴人本人尋問の結果及び鑑定の結果と弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる確たる証拠はない。
1 春子は、昭和45年夏ころ、控訴人と交際して性交渉を数回もったが、同時期に他の男性とも性交渉をもち、そのころ、被控訴人を身ごもった。

2 春子は、昭和46年4月10日被控訴人を出産したが、春子の両親である乙川三郎(以下、「三郎」という。)、乙川冬子(以下、「冬子」という。)は、春子が22歳と若く、かつ未婚であったため、被控訴人を自分達の嫡出子(次男)として出生届をした。被控訴人の養育は春子が行った。

3 控訴人は、春子との婚姻を強く希望し、春子に対し、被控訴人を自分の子として育てるから結婚して欲しいと申し入れ、春子が被控訴人が控訴人の子か九州電力に勤務する男性の子か不明であると話すと、控訴人は九州電力に勤務する男性に意思確認を試みたうえ、重ねて春子に婚姻を申し入れた。春子は、これを受け入れ、昭和46年11月から控訴人との同棲を始め、昭和47年5月8日、控訴人と春子とは婚姻の届出をした。右届出の際、春子は控訴人から被控訴人を自分の子として育てることを改めて確認した。控訴人は、春子と同棲を始めた当初から、父親として被控訴人に接していた。

4 春子は、被控訴人が保育園に入園する前に自分達の戸籍に被控訴人を入れようと考え、昭和50年初めころ、控訴人に、被控訴人を自分達の戸籍に長男として入籍させることを相談し、控訴人は、これを了承した。春子は、三郎、冬子、被控訴人を相手方として大分家庭裁判所三重出張所に三郎、冬子と被控訴人との間の親子関係不存在確認の調停を申し立て、昭和50年3月24日、その旨の合意に相当する審判がされた。同年5月16日、春子が戸籍訂正申請をし、控訴人が被控訴人を春子との間の嫡出子とする出生届をし、被控訴人は控訴人を筆頭者とする戸籍に長男として記入された。

5 控訴人と春子との夫婦仲は、控訴人が不貞行為を繰り返したこと等が原因で次第に悪化し、昭和61年ころにはほとんど気持ちが通わない関係になっていた。平成2年4月に被控訴人が就職して家を出た後、春子の不貞問題が発生し、別居を経て、平成4年5月8日、控訴人と春子とは協議離婚した。その後、控訴人は、春子と春子の不貞の相手を被告として、大分地方裁判所竹田支部に損害賠償請求訴訟を提起した。右訴訟において、春子は控訴人との関係を説明する陳述書を提出したが、その中には、被控訴人は控訴人の子ではない旨及びこれを前提とする事実が記載されていた。そのため、控訴人は、被控訴人と父子関係がないことを明確にしようと考え、平成6年12月27日、23歳になった被控訴人を被告として本件訴訟を提起した。

6 鑑定人玉置嘉廣は、控訴人と被控訴人の血液を採取し、血液型検査とDNAマイクロサテライト型検査を実施した。血液型検査では、ABO型、MNS型、RH型、HP型、TF型、PGM1型いずれも父子関係が外見上成立するという結果が出たが、DNAマイクロサテライト型検査では、ACTBP2座で不成立、D8S320座で不成立、THO1座で外見上成立、D14S118座で不成立という結果であった。そして、二つ以上の遺伝子座で父子関係が成立しなければ、父子関係が存在しないことが証明されるから、結論として、控訴人と被控訴人は、三つのDNA型システム(ACTBP2、D8S320、D14S118)において、共通の遺伝子を持っておらず、遺伝学的に父子関係が成立しないとした。

三 右認定事実によれば、控訴人と春子は、被控訴人の出生後に同棲を始めたのであるから、民法772条所定の嫡出推定の要件を欠くことはいうまでもなく、遺伝学的に父子関係が成立しないとする鑑定人玉置嘉廣に鑑定の結果の信頼性を否定すべき確たる証拠もないから(右認定につき春子の協力が得られなかったのは、控訴人と春子の紛争の経緯からみて致し方のないところであり、その状況で、血液型検査の結果のみを重視することは相当ではない。)、控訴人と被控訴人間に親子関係が存在しないことは明らかである。

 被控訴人が控訴人、春子の下で成長し、小学校、中学校、高等学校に順次進学し、高等学校卒業まで2人の下にいたこと、この間、昭和52年に控訴人と春子との間に長女夏子が出生し、控訴人が被控訴人と夏子とを自分の子供と認識し、父親として2人に接し、控訴人、春子、被控訴人、夏子の四人で形成される家族の中で、控訴人が被控訴人と夏子の父親として存在し、周囲の者も控訴人と被控訴人とは父子関係にあるものと認識、行動し、控訴人の両親も被控訴人を自分達の孫として遇したこと、被控訴人が控訴人を自分の父であると感じ、そのように認識しており、本件訴訟の提起に強い衝撃を受け、自分の言い分を明確に形作ることができず、裁判所に出頭することも困難で、訴訟の進行に回避的にならざるを得ないし、前記鑑定の結果を受け入れることもできず、自分と控訴人との父子関係を否定するかも知れない手続を認めることができない状況にあること等の事情が証拠上認められるけれども、右事実によって、右判断を左右することは相当ではない(被控訴人は、離婚、その後の損害賠償請求訴訟という控訴人と春子間の紛争の巻き添えとなり、突然父親と信じていた控訴人から本件訴訟を提起されたのであり、その心情は察するに余りがあり、極めて不幸な事態というべきではある。)。

 なお、嫡出子出生届が認知届としての効力を有するのは、真実の父子関係が存在する場合であるから、被控訴人の主張は、その前提を欠くものとして採用し難い。
 その他、本件全証拠を検討しても、控訴人の本訴請求を排斥すべき事情は認められず、控訴人の本訴請求は、これを認容すべきである。

四 よって、これと異なる原判決を取り消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項、61条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官稲田輝明 裁判官田中哲郎 裁判官野尻純夫)