不貞行為慰謝料を財産分与額に考慮した審判例紹介1
○財産分与請求権の性格について、離婚に際して夫婦財産の清算を請求する権利を中核とし、離婚後の扶養を請求する権利および離婚そのものによる慰藉料請求権とが複合する包括的な離婚給付請求権と解しつつ、本件においてはもつぱら夫婦財産関係の清算のみを考慮すれば足りるとして財産分与額を算定のうえ、離婚が申立人の不貞行為に原因し、相手方に対し相当額の慰藉料を支払うことを要する事情を考慮してこれに相当する額を減額した昭和46年1月21日東京家裁審判(家月23巻11・12号77頁、判タ271号380頁)全文を2回に分けて紹介します。
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主 文
相手方は、申立人に対し、離婚による財産分与として、金26万500円を支払え。
理 由
一、申立人は、「相手方は、申立人に対し、離婚による財産分与として金400万円を支払え」との審判を求め、その事由として述べる要旨は、
1、申立人は、昭和35年4月10日相手方と挙式のうえ、事実上の夫婦として相手方の肩書住居において同棲することとなつたのであるが、同年5月10日相手方の養母Aの養子となり、養子縁組届出を了するとともに、相手方との婚姻届出を了した。
2、申立人は、相手方と婚姻前から○○卸問屋○○商店に勤務していたが、相手方と婚姻後も引続き右○○商店に勤務し、相手方は相手方養母Aの営む○○屋○○店の営業を手伝つていたのであるが、昭和40年10月頃相手方は突然発病し、当初は急性神経痳痺の病名で病院に入院し、その後精密診断の結果、先天性脳梅毒であることが判明した。
3、申立人は右診断の結果にショックを受け、一時は相手方と離婚する決意をしたが、相手方の心情を察して気の毒になり、離婚を思い止まり、相手方が6箇月間の入院治療の結果、病状の悪化は避けられ、通院して治療を受ければよい状態にまで恢復して退院したので、昭和41年5月頃相手方および相手方の養母Aと相談し、申立人が自ら前記○○屋の営業に当ることとし、勤務先の○○商店を退職した。
4、申立人は、右○○店の経営をするに当り、それまで相手方の養母Aが代表者であつた有限会社○○屋を解散し、申立人名義の個人商店○○屋として営業をすることにし、自己の退職金や預金の中から合計金130万円を支出し、また相手方の養母から金150万円を支出させて、これらの金員をもつて店舗部分を増築改装するとともに、必要な商品を仕入れ、以後顧客の開拓等に努力し、店の売り上げも従前は1日約金5千円ないし1万円であつたのを約金4万円程度にする等、大いに営業成績を伸ばし、毎月相手方の養母Aに小遣いとして約金2万円、相手方に生活費として約金5万円を渡していた。
5、ところが、相手方の養母Aと相手方とは、かかる申立人の努力を理解しようとせず、とくに相手方の養母と申立人との折り合いが悪く、申立人としては、前記の如き病気をもつ相手方とこれ以上生活をともにしても子が生まれる見込もなく、将来に期待がもてないので、相手方との離婚を決意し、昭和44年8月20日頃相手方住居を立ち去り、以後相手方と別居状態となつた。
6、申立人は、別居後相手方と協議離婚し、かつ、相手方の養母と協議離縁するため、相手方および相手方の養母と数回話しあつたが、双方とも離婚、離縁の点では意見が一致するものの、申立人が財産分与および慰謝料の支払を求めたのに対し、相手方および相手方の養母は、その支払を拒否し、かえつて申立人に対し慰謝料の支払を請求するので、結局話しあいがつかず、申立人は昭和44年10月1日東京家庭裁判所に対し、「相手方との離婚、相手方の養母との離縁を求める。相手方および相手方の養母は、申立人に対し、相当額の慰謝料および財産分与を支払え」との調停を申し立てた。
7、しかし同裁判所の調停においても、相手方および相手方の養母は、離婚および離縁については同意しながら、慰謝料および財産分与の支払を拒否し続け、かえつて申立人に対し慰謝料の支払を要求するので話しあいがつかず、やむなく昭和45年2月24日の調停期日において、「申立人と相手方とは、調停により離婚する。申立人と相手方の養母とは、調停により離縁する。離婚による慰謝料・財産分与、離縁による慰謝料については、協議が調わないので、離婚および離縁による慰謝料については別途地方裁判所に訴訟を提起して解決し、離婚による財産分与については、別途家庭裁判所に審判の申立をして解決する」旨の調停を成立させた。
8、そこで、申立人は、右調停条項に基づき、相手方との離婚による財産分与について解決を求めるため、本件申立に及んだ。
9、申立人は、前記の如く、○○屋の経営をするに当り、店の増築改装に約金50万円、店品の仕入れに約金80万円、合計金130万円を自己の退職金や預金の中から支出しているほか、相手方と婚姻後○○商店に勤務中約6年間毎月平均約金3万円ないし4万円を相手方の養母Aに渡し、将来申立人が店の営業をする際の資金として貯金をしてもらつていたが、これが少なくとも金150万円となつておるので、この金員を、また申立人と相手方とが婚姻中に、共同使用するため購入した家財道具が合計金157万2千円に及んでいるので、その半額金78万6千円を、更に別居当時の○○屋の在庫商品が約250万円相当であるので、その半額約金125万円を、申立人は相手方からそれぞれ財産分与として支払を受ける権利を有していると考えられ、以上を合計すると財産分与の額は金483万6千円に達するが、申立人は金400万円の限度においてこれを請求することとする。
というにある。
二、昭和44年(家イ)第5、461・5、462号夫婦関係調整、離縁事件記録、本件における各戸籍謄本、家庭裁判所調査官補近藤弘作成の調査報告書並びに申立人および相手方に対する各審問の結果によれば、次の事実が認められる。
1、申立人は、東京都○○○区○○○△丁目○番○号所在○○○卸問屋株式会社○○○○に勤務中、同会社の取引先であつた相手方の養母Aが経営する東京都○○○区○○○△丁目○○番地所在○○小売店有限会社○○屋に出入りしている間に、昭和34年10月頃右Aの営業を手伝つていた相手方と知り合い、交際するようになり、相手方の養母Aは、申立人の身許調査をしたのち、申立人に対し相手方と婚姻し、相手方の養母Aの養子となることを望んだので、申立人も親族と相談したうえ、これを了承し、昭和35年4月10日相手方と結婚式を挙げて、相手方と相手方の養母Aとが共同所有する肩書住宅兼店舗において同棲し、同年5月10日適式に相手方の養母Aと養子縁組届出を了するとともに、相手方との婚姻届出をも了したこと。
2、申立人は、相手方と婚姻後も引続き前記○○○○に勤務し、相手方の養母Aと相手方とは、前記○○屋の営業に当つていたこと。
3、相手方は、昭和40年10月頃突然発病し、急性神経痳痺の病名で○○○大学附属病院に入院し、精密診断の結果先天性脳梅毒であることが判明したが、約6箇月の入院治療により病状の悪化は避けられ、退院して時々通院のうえ治療を受ければ足りる状態にまで恢復したこと。
4、申立人は、右診断の結果を知つた際には、大きなショックを受け、一時は相手方と離婚する決意をしたのであるが、相手方の立場を察して気の毒になり、離婚を思い止まり、相手方が昭和41年4月頃退院したので、相手方および相手方の養母と相談のうえ、相手方の義母は前記○○屋の営業から手を引き、申立人が自ら前記○○屋の経営に当り、相手方がこれを助けることになり、同年5月頃申立人は勤務先の○○○○を退職し、相手方の養母が代表者である有限会社を解散し、その営業形態を申立人名義の個人商店○○屋に改めたこと。
5、申立人は、右○○店の営業をするに当り、自らの退職金預金から支出した金員と相手方の養母が提供してくれた金員とをもつて、相手方と相手方養母とが共同所有する住宅兼店舗の店舗部分を改装増築したうえ、商品を仕入れて、店員2名を雇い、顧客の開拓に努力した結果、営業成績も順調に伸び、毎月相手方の養母に小遣いとして金2万円を、相手方に生活費として金5万円を、それぞれ手交していたこと。
6、ところが、申立人は、昭和43年秋頃から同年6月頃○○屋の店員として勤務することになつた相手方の異母妹B(夫Cとの間に子二人がある。)と懇になり、昭和44年4月30日家出した右Bを同年5月2日以来ひそかに自ら借り受けた東京都○○区○○○○町○丁目○番地のアパートに居住させ、以後時々右アパートを訪問し、同女との間に婚姻外関係を生じ、外泊ないし深夜帰宅をすることが多くなり、家業にも余り身を入れなくなつたこと。
7、申立人は、右Bの身を案じる夫C、相手方および相手方の養母から同女の行方を尋ねられても、全く同女の行方を知らないといい張り続け、昭和44年8月20日になり、突然相手方および相手方の養母に対し、「本年1月頃から家を出ようと思つていた。相手方に対して愛情がなくなり、相手方の養母とも意見が合わなくなつたので、今後相手方と生活を共にしてもうまく行かない」と言明し、店の売上金と自動車とをもつて家出し、同日以来前記Bと前記アパートにおいて、同棲するに至つたこと。
8、申立人と相手方とは、申立人が家出した後同年8月23日に相手方の養母、申立人の実兄、および仲人を交えて話し合つたが、申立人は「相手方と離婚し、相手方の養母と離縁するほかない。このようになつた責任はもつぱら相手方と相手方養母にあるから、慰謝料および財産分与として金954万円を要求する」と主張し、これに対し、相手方と相手方養母とは、かかる支払を拒否し、話し合いはつかなかつたこと。
9、申立人は、昭和44年10月10日東京家庭裁判所に対し「相手方との離婚、相手方の養母との離縁を求める。相手方および相手方の養母は、申立人に対し、相当額の慰謝料および財産分与を支払え」との調停を申し立てたこと(同裁判所昭和44年(家イ)第5、461・5、462号事件)。
10、右事件の調停は、昭和44年11月12日以後昭和45年2月24日まで、前後4回の調停期日に行なわれたが、申立人と相手方との間および申立人と相手方の養母との間において、離婚、離縁については、意見が一致するものの、申立人が離婚および離縁による慰謝料、財産分与として金400万円の支払を要求するのに対し、相手方および相手方の養母は一切かかる金員の支払には応じかねると主張し続け、当裁判所調停委員会は、やむなく昭和45年2月24日の調停期日において、「申立人と相手方とは、本調停により離婚する。申立人と相手方の養母とは、本調停により離縁する。離婚による慰謝料および財産分与並びに離縁による慰謝料については、協議が調わないので、離婚および離縁による慰謝料については別途地方裁判所に訴訟を提起して解決し、離婚による財産分与については別途家庭裁判所に審判の申立をして解決する」旨の調停を成立させたこと。
11、申立人は、右調停条項に基づき、相手方との離婚による財産分与について解決を求めるため、本件申立に及んだのであるが、これまでのところ、申立人は離婚による慰謝料および離縁による慰謝料について地方裁判所に訴訟を提起していないし、また相手方および相手方の養母も右慰謝料について地方裁判所に訴訟を提起していないこと。
12、かねてから申立人と前記Bとの関係に疑念を抱いていた前記Bの夫Cは、当裁判所における前記事件の昭和45年2月12日の調停終了後帰宅する申立人の跡をつけ、申立人と前記Bとが当時同棲していた前記アパートを突止め、同日前記Bを連れ戻したため、以後申立人と前記Bとの婚姻外関係は事実上解消され、申立人は前記アパートを引き払つて肩書住居に居住し、現在友人の経営する○○経営指導部に勤務し、毎月4、5万円の収入をえていること。
13、相手方は、申立人が家出した後、相手方の養母の協力をえて、前記○○屋○○店の経営に当つていること。
三、前記認定事実によれば、申立人と相手方とは、調停離婚しているのであるから、申立人が相手方に対して抽象的に財産分与請求権を有していることは明らかであるが、申立人の相手方に対する具体的な財産分与請求権は、当事者間において協議が調わない以上、当裁判所が当事者双方がその協力によつてえた財産の額その他一切の事情を考慮して、これを定めるべきものである。
ところで、財産分与請求権の性格については、種々の見解が対立しているが、当裁判所は、財産分与請求権は、離婚に際して夫婦財産の清算を請求する権利(清算的財産分与請求権)を中核とし、これに離婚後の扶養を請求する権利(扶養的財産分与請求権)および離婚そのものによる慰謝料請求権とが複合する包括的な離婚給付請求権であると解するのが相当であると思料する。
かかる見解によつて、本件をみるに、申立人は、前記認定事実によれば、既に一定の職業を有し、相当の収入を挙げているのであるから、離婚後の扶養を考える必要はなく、また、前記認定事実によれば、本件離婚は、直接には申立人の不貞行為によつて招来され、申立人が主要な責任を負うべきであるというべきであるから、申立人が離婚そのものによる慰謝料を請求することができないことは明らかであり、したがつて本件の財産分与においては、もつぱら夫婦財産関係の清算のみを考慮すれば足りるというべきである。