養育料終期等に関する東京地裁平成17年2月25日全文紹介1
○離婚後の子供の養育料について、
①その終期を「子が大学を卒業する月まで」とした離婚調停における合意は,子が成年に達した時点において学校教育法所定の「大学」に在籍しているか,合理的な期間内に大学に進学することが相当程度の蓋然性をもって肯定できるとの特段の事情が存在する場合を除き,子の成年に達する日の前日をもって終了するとの趣旨と解する
②子の養育料の給付義務に関して「原則として年毎に総務庁統計局編集の消費者物価指数編東京都区部の総合指数に基づいて増額する」とした離婚調停における合意から直ちに養育費の具体的増額分に係る金銭債権が発生するとはいえない
③過去の増額養育費の支払を求めることは,既に経過した期間における扶養料を遡及的に一括請求をするものであって許されない
とした結構な長文の平成17年2月25日東京地裁判決(判タ1232号299頁)全文を3回に分けて紹介します。
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主 文
1 本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。
2 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、反訴原告(本訴被告)と反訴被告(本訴原告)との間の東京家庭裁判所昭和62年(家イ)第1819号について昭和62年3月30日に成立した調停に係る別紙調停条項記載の被告の下記債務がいずれも存在しないことを確認する。
(1) 第4項月額金10万円の養育費及び扶養料、月額金5万円の教育費、第5項月額金5万円の養育・監護等の費用につき、反訴原告、反訴被告との間の長女A分については平成14年8月1日から、同長男B分については同年○月○日から、各平成17年1月26日まで、弁済期毎月26日、支払額上記の割合による金員の支払義務
(2) 第7項の第4項、第5項の金員に対する平成14年8月23日から平成17年1月26日まで、弁済期毎月26日、支払額同項の計算額の割合による増額分の支払義務
(3) 第4項ないし第7項記載の各義務
3 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金1585万0967円及びこれに対する平成15年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、平成15年10月1日から別紙物件目録記載の建物明渡し済みまで1か月金36万5000円の割合による金員を支払え。
5 反訴原告(本訴被告)のその余の反訴請求を棄却する。
6 訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを5分し、その1を本訴被告(反訴原告)の負担とし、その余を本訴原告(反訴被告)の負担とする。
7 この判決は、第3及び第4項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
本訴被告は、本訴原告に対し、金856万0515円及びこれに対する平成15年7月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
(1) 主文第2及び第4項と同旨
(2) 反訴被告は、反訴原告に対し、金2617万1047円及びこれに対する平成15年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、被告(反訴原告、以下「被告」という。)と調停離婚した原告(反訴被告、以下「原告」という。)が、被告が負担する養育費等について増額を規定する調停条項に基づき、過去の養育費等の増額分を一括して支払うよう求めた(本訴請求)のに対し、被告が、同調停条項に係る各債務の不存在確認、原告に支払済みの養育費等の一部が原告の不当利得を構成するとして同額の金員の返還、及び、同調停の際に原告に無償で貸し渡した建物について、使用貸借契約終了後も原告が建物使用を継続しているとして、不当利得返還請求権に基づき、建物使用利益相当額の金員の支払をそれぞれ求めた(反訴請求)事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、証拠等によって明らかに認められる事実。なお、証拠によって認定した場合には、認定に要した主たる証拠を各認定事実ごとに掲記する。)
(1) 原告と被告は、昭和52年2月17日に婚姻し、長女A(昭和52年○月○日生、以下「A」という。)と長男B(昭和57年○月○日生、以下「B」といい、両名を併せて以下「Aら」という。)の2人の子をもうけた。
なお、Aは平成9年○月○日に、Bは平成14年○月○日に、それぞれ成年に達した。
(2) 原告と被告は、昭和62年3月30日、東京家庭裁判所において、調停離婚し(同庁昭和62年(家イ)第1819号、以下「本件調停」という。)、その際、別紙調停条項記載の合意をした(甲第1号証、以下「本件調停条項」という。)。
これにより、被告は、原告に対し、本件調停条項4項に基づき、Aらの養育料、扶養料として毎月各10万円、教育費として毎月各5万円、同条項5項に基づき、Aらの養育・監護等の費用として毎月各5万円(以上合計毎月40万円、これらの費用を以下「本件養育料等」という。)の各支払義務を負担することになった。
また、被告は、本件調停条項6項のとおり、原告に対し、被告の母であるCが所有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を無償で貸し渡した(乙第1号証)。
(3) 被告は、原告に対し、本件調停条項3項に基づき、慰謝料として3000万円を支払うとともに、同条項4項及び5項所定のAらに係る本件養育料等を、別紙支払一覧表番号1ないし185の各「支払月」欄、各「支払済」欄記載のとおり支払った(なお、同一覧表番号185に係る支払は、本件養育料等のうちのB分に係る平成14年○月○日までの係る金額の日割計算に基づく金額である。)。
(4) 被告は、平成14年○月○日をもって、原告に対する本件養育料等の支払を中止した。
2 争点
(1) 本訴関係
ア 本件調停条項7項に係る増額規定は、被告に対する具体的な金銭支払請求権の発生原因となるか。
イ 本件調停条項7項に基づく原告の本訴請求は、過去の養育料の遡及的一括請求となって許されないといえるか。
ウ 本件調停条項7項に基づく原告の本訴請求債権は、民法169条所定の定期給付債権に該当するか。
エ 本件調停条項4項、5項に係る被告の原告に対する本件養育料等及び本件養育料等増額分の支払義務の終期はいつか(Aらが成年に達したことにより終了したか、及び本件調停条項4項ないし6項所定の「大学」の意義)。
オ 本件調停条項6項に係る本件建物の使用貸借契約は終了しているか、また、終了しているとして、その終了時期は何時か。
(2) 反訴関係
上記(1)エ、オに同じ。
3 本訴に関する当事者の主張
(1) 原告(本訴請求原因)
ア 被告は、昭和62年3月30日、本件調停において、原告との間で、本件調停条項4項、5項及び7項のとおり合意した。
イ 本件調停条項7項に基づく本件養育料等の各月毎の増額分は、別紙支払一覧表1ないし185の各「不足金額」欄記載の数額となり(以下「本件養育料等増額分」という。)、昭和63年1月1日から平成14年○月○日までの合計額は856万0515円となる。
ウ よって、原告は、被告に対し、本件調停条項4項、5項及び7項に基づき、本件養育料等増額分の合計額856万0515円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日である平成15年7月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告
上記(1)ア及びイの事実は認めるが、被告に同イの金員の支払義務があることは争う。以下のとおり、本件調停条項を前提にしても、被告は、原告に対し、本件養育料等増額分を支払う義務はない。
ア 本件調停条項7項は、本件養育料等が同項所定の消費者物価指数に連動して毎年自動的に増額計算され、被告が当然にその増額分について支払義務を負うことを規定したものではない。同条項は、原告において、同項所定の計算により算出される増額分を被告に請求した場合に初めて、同請求以後将来に向けて本件養育料等の額が増額され、被告に支払義務が生じることを定めた規定である。
しかして、被告が、原告から本件調停条項7項に係る本件養育料等増額分の支払請求を初めて受けたのは、平成14年11月22日であるから、本訴請求に係る昭和63年1月1日から平成14年○月○日までの増額分について被告に支払義務は生じない。
イ 本件養育料等は、子に対する父母の扶養義務に基づく費用であるから、原告による本件養育料等増額分の請求は、扶養義務者の一人が他の扶養義務者に対して過去の扶養料を請求するものにほかならない。しかして、扶養の法的性格にかんがみれば、過去の扶養料を遡及的に一括請求することはできないと解すべきであるから、原告の本訴請求は主張自体失当である。
ウ 仮に、本件調停条項7項に基づき、毎年自動的に本件扶養料等増額分が算出され、当然に被告がその支払義務を負うとしても、被告の同支払義務は、以下のとおり、その一部ないし全部について消滅した。
(ア) 支払義務の終了
本件養育料等は、前記イのとおり、Aらに対する被告の養育・扶養・監護等の扶養義務に基づく費用である。それゆえ、本件調停条項4項、5項は、被告が同各条項に基づき本件養育料等の支払義務を負うとしても、養育の対象となるAらが成年に達したときには原則として終了し、Aらが大学に進学することができたときには例外的にその期間がAらが成年に達した後まで延長され、大学を卒業する月に終了することを定めた趣旨の規定と解すべきである。
しかして、上記1(1)のとおり、Aは平成9年○月○日に、Bは平成14年○月○日に、それぞれ成年に達したが、この時点で、Aらは、大学に進学していなかった。それゆえ、被告の本件養育料等の支払義務も、Aらが成年に達した日の前日をもって終了し、それに伴って、本件調停条項7項に係る本件養育料等増額分の支払義務も消滅したというべきである。
この点、原告は、外国の大学や専門学校等についてまで本件調停条項4項、5項所定の「大学」に含まれるかのように主張するけれども、原、被告の合理的意思による限り、同各条項の「大学」とは、学校教育法に定める最高学府たる「大学」を意味し、かつ、本件調停条項6項の合意や原、被告がともにa大学の卒業生であったことも併せ見れば、a大学等の本件建物から通学可能な地域に存在する大学に限定する趣旨であったというべきである。それゆえ、被告は、Aらが、上記のような「大学」に在籍している場合に限り、Aらが成年に達した後も、本件養育料等及び本件養育料等増額分を継続して支払う義務を負い、Aらが成年に達した時点で大学に在学せず、また、進学しないことが明白である場合には、上記原則のとおり、同人らが成年に達した日の前日をもって上記金員の各支払義務の負担を免れるというべきである。しかして、Aは、成年到達時において米国の大学に在籍していたかどうかは不明であり、また、Bは、成年到達日に先立ち通学していた高校を中退するなど大学進学の意思を放棄したものといえ、また、留学した英国の学校も本件調停条項4項、5項所定の「大学」には該当しないから、いずれにせよ、Aらが成年に達した以後は、被告は、本件養育料等及び本件養育料等増額分の支払義務を負うことはない(なお、Aらが成年に達する日の前日までの本件養育料等増額分の合計額は、A分及びB分を合計して685万8966円である。)。
(イ) 消滅時効
本件養育料等増額分は、月ごとに発生し、被告がその支払義務を負うことになるから、民法169条の短期定期給付金に該当し、その発生日から5年の経過によって時効消滅するものである。
しかして、別紙支払一覧表番号1ないし125の各「不足金額」欄記載の各本件養育料等増額分については、それぞれその発生日から5年が経過しているから、これらの増額分に係る原告の請求権(合計493万8228円)については消滅時効が完成している。
被告は、原告に対し、平成15年10月10日の本件第2回口頭弁論期日において、上記時効を援用するとの意思表示をした。
(ウ) 相殺
(あ) 上記(ア)のとおり、被告のAに係る本件養育料等の支払義務は、同人が成年に達した前日をもって消滅した。しかるに、被告は、そのことについて不知のまま、それ以後も平成14年7月分まで、原告に対し、A分に係る本件養育料等として月額20万円を支払い、その合計額は1100万円に達している。
しかして、原告は、同金員について何ら受領権原を有していないのであるから、法律上の原因なく上記金員を利得し、被告はこれと同額の損失を被ったといえる。
よって、被告は、原告に対し、1100万円の不当利得返還請求権を有している。
(い)〈1〉 本件調停条項6項のとおり、原告は、本件調停に際し、被告に対し、Aらが大学を卒業する月まで本件建物を無償で貸し渡すとの合意をし、昭和62年4月ころ、同合意に基づき、被告に本件建物を引き渡した(以下「本件使用貸借契約」という。)。
しかして、本件使用貸借契約は、上記(ア)のとおり、Aらの生活、大学通学の便宜を図るという目的でなされたものであるから、本件使用貸借契約に係る本件建物の返還期限は、Aらが大学に通学しない場合には、Aらが成年に達した日までとするというのが当事者間の合理的意思であった。
〈2〉(a)上記1(1)のとおり、Aは平成9年○月○日に、Bは平成14年○月○日に、それぞれ成年に達した。
よって、Aらが成年に達した日をもって本件建物の返還期限が到来し、本件使用貸借契約は終了したといえる。
(b) 仮に、本件使用貸借契約が、返還期限の定めのないものであり、Aらの生活、通学の便宜を図るという目的のものに締結されたものであるとしても、Aらは、上記(ア)のとおり、それぞれ成年に達した時期には大学に進学しておらず、あるいは進学する予定がないことが明らかとなっていたといえるから、その時点において、同契約の目的は達成され、本件使用貸借契約は終了した。
(c) 仮に、上記(b)の目的が達成されていないとしても、本件建物は、既に長期間にわたって原告の使用に付されており、Aらが成年に達した時期、原告に対して本件反訴状の陳述をした日あるいは本件口頭弁論終結時のいずれかの時期をもって、原告が使用又は収益をするに足りる期間は経過したといえる。なお、被告は、平成15年11月27日の本件第1回弁論準備手続期日及び平成17年1月26日の本件第4回口頭弁論期日において、原告に対し、本件建物の返還を請求した。
〈3〉 原告は、本件使用貸借契約終了後の本件建物の使用により、法律上の原因なく使用利益相当額の利益を得ているといえる。本件建物の1か月当たりの使用利益は36万5000円である。
それゆえ、原告は、Aが成年に達した平成9年○月○日からBが成年に達する日の前日である平成14年○月○日までは、少なくとも1か月につき18万2500円の、その後は1か月につき36万5000円の利益を不法に取得しているといえる。しかるに、平成9年○月○日から平成15年9月30日までに原告が利得した本件建物の使用利益相当額の合計は1517万1047円(平成9年○月○日から平成14年○月○日までの分は1032万0080円、平成14年○月○日から平成15年9月30日までの分は485万0967円)となる。
〈4〉 本件建物の所有者は、被告の実母であるC(以下「C」という。)であるところ、被告は、原告との離婚に際して、Aらの生活上の便宜を図るため、Cから本件建物の使用の許諾を受け、本件調停条項6項のとおり、原告との間で本件使用貸借契約を締結した。それゆえ、被告には、本件建物の使用について固有の使用利益があるといえるから、原告が本件建物を使用することにより、〈3〉記載の原告の利得額と同額の損失を被ったといえる。
〈5〉 よって、被告は、原告に対し、上記〈3〉の額の不当利得返還請求権を有している。
(う) 被告は、原告に対し、平成15年10月10日の本件第2回口頭弁論期日において、上記(ア)、(イ)の各金銭債権の順に、同各債権をもって、原告の本件請求債権とその対当額で相殺するとの意思表示をした。