○「
平成16年9月30日東京地方裁判所判決全文紹介1−不貞行為第三者責任限定」の続きです。
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(9)Aは,旅行から松山に戻った後,予約していた宿泊施設には宿泊せず,平成15年10月14日まで被告宅に滞在していた。原告は,同月4日,Aの不貞行為を知ったが,Aに対し,電話で婚姻生活の継続を申し入れ,Aはこれを拒んでいた。Aは,同月9日,原告の申し入れを受けて,いったんは被告と別れることを決意したものの,被告の説得により翌日にはこれを撤回し,被告との交際を続けることとした。
Aは,平成15年10月14日にシカゴに向けて出発し,被告は成田空港まで見送りに行ったが,原告は行かなかった。
(10)Aは,平成15年10月17日に一時帰国してから,再び被告宅に滞在していたが,原告は,Aが一時帰国していたことを後日知った。
(11)原告とAは,平成15年10月30日,水戸において,離婚に向けた話し合いを持った結果,離婚することで合意し,同年11月10日離婚した。
また,原告とAは,離婚に先立ち,Aが離婚に伴う慰謝料として110万円を原告に支払う他,離婚に伴う財産分与(離婚後扶養)として,同年11月から原告が司法試験に最終的に合格するまで毎月15万円を支払うことで合意し,同月7日,原告の意向により公正証書を作成した。Aは,同月4日付けの原告宛の電子メールにおいて,「X1ちゃんが司法試験をうけていてぼくが,お給料がもらえている間はぼくにできるだけのサポートは必ずします。」「ぼくにいまできるのは,シカゴに早く行って,研究に打ち込んで,X1ちゃんの司法試験突破をお金の面からだけどサポートすることです。」などと記載した。
2 争点について
(1)被告は,Aと情交関係を結んだ時点で,原告とAの婚姻関係が既に破綻していたから,被告が原告に対して不法行為責任を負うことはないと主張する。
確かに,Aが平成15年9月ころ被告に交際を申し込み,同年10月2日には,原告に対して離婚を切り出した上で被告と情交関係を持つに至っていることからすれば,Aがこのころ既に原告に対する愛情を失い,離婚を決意していたことは容易に推認することができる。
しかしながら,Aは,同年10月2日以前には原告との間で離婚につき具体的に話し合ったことは一度もなかったことからすれば,平成14年12月下旬以降長期間別居していたとしても,被告と情交関係を持った時点で,原告との婚姻関係が実質上破綻していたとまでいうことは困難であるといわざるを得ない。
(2)しかしながら,原告は,自己の都合で長期間にわたってAと別居し,平成15年9月まで一度も松山を訪れることなく,松山におけるAの日頃の行動につきさほど関心を持っていなかったことが窺われる上,Aも,原告と婚姻中から被告に交際を申し込んだ上,原告に離婚を持ちかけてまもなく被告と肉体関係を持ち,その後も被告宅に滞在していること,原告とAが,Aの不貞行為発覚から1か月余りで離婚に至っていること等の事実に鑑みると,この当時,原告とAとの婚姻関係が実質上破綻していたとまではいえないとしても,原告とAの婚姻関係が円満で何の問題もなかったということも困難である。
そして,前記1に認定した事実を前提とすれば,Aは被告との交際に積極的であったと認められ,被告の対応は,不貞行為の相手方としての一般的な態度を超えるものではなく,被告が執拗にAに交際を迫るなどして意図的に原告の婚姻関係を破壊したとは到底認めることができない。ただし,Aが被告と不貞を働いたことがきっかけとなって最終的に原告とAが離婚するに至ったと認められ,被告も,Aと情交関係を結んだ当時,原告との離婚が未だ正式に成立していないことは認識していたのであるから,被告は,原告に対し,少なくとも過失による不法行為責任は免れないというべきである。
(3)ところで,被告は,Aが原告との離婚に際して,慰謝料110万円を支払うとともに,原告が司法試験に合格するまでという極めて不確定な期限付きで毎月15万円を支払っているから,被告に何らかの不法行為責任が認められるとしても,被告の損害賠償債務は既に消滅していると主張する。
しかしながら,前記1に認定した事実によれば,毎月15万円の支払いは,共同財産の清算や慰謝料の給付によってもなお離婚後の生活に困窮する場合の扶養の趣旨でなされているものと認められ,これを不貞行為の慰謝料と同視することはできない。そして,Aによる慰謝料110万円の支払いは,主として被告との不貞行為に関して支払われたものと認められるところ,これのみでは未だ被告の損害賠償債務が消滅していると認めるのは困難であるといわざるを得ない。
(4)以上より,被告は,Aとの不貞によって原告に与えた精神的損害を賠償する義務があるところ,婚姻関係の平穏は,第1次的には配偶者相互間の守操義務,協力義務によって維持されるべきものであり,不貞あるいは婚姻破綻についての主たる責任は不貞を働いた配偶者にあって,不貞の相手方が悪質な手段を用いて不貞配偶者の意思決定を拘束したような特別の事情が存在する場合を除き,不貞の相手方の責任は副次的というべきである。
本件においては,被告が悪質な手段を用いてAの意思決定を拘束した事実を認めるに足りる証拠はなく,前記1に認定した事実によれば,むしろAは被告との交際に積極的であったことが認められることからすれば,原告の婚姻関係が破綻したことについての主たる責任はAにあり,被告の責任は副次的に過ぎないと認められる。
そして,原告が松山において司法試験の勉強をすることは十分可能であり,Aと別居しなければならない格段の事情は認めるに足りないにもかかわらず,平成14年12月以降長期間にわたって別居を継続し,松山を訪れることもなかったこと等の事実に照らせば,Aが被告と不貞を働いたことにつき,原告に全く落ち度ないし帰責事由がなかったかどうかには疑義もある上,被告とAの不貞は共同不法行為であって,それぞれの損害賠償義務は重なる限度で不真正連帯債務の関係にあると解されるところ,Aは,自らの不貞行為をきっかけとする離婚に伴う慰謝料として110万円を原告に支払っていること等,本件において証拠上認められる諸事情を総合的に考慮すれば,不貞行為の相手方として副次的な責任を負うに過ぎない被告が原告に対して支払うべき慰謝料額は50万円をもって相当と認める。
3 以上によれば,原告の請求は,50万円とこれに対する不法行為後の日である平成15年11月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
第4 結論
よって,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるから,その限度でこれを認容することとし,その余の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第34部
裁判官 大須賀綾子