有責配偶者の離婚認容要件−要件が厳しい例
<事例>
会社員のA男と専業主婦のB女は、結婚して20年になる夫婦で、19歳を頭に10歳まで4人の子供がいます。
Aは、結婚当初よりBのきつい性格に恐れを感じることがありましたが、子供を4人も作ったこともあり、我慢してきました。
結婚13年目に、A、B共に不倫行為をしたことが明らかになり、お互い離婚を考えたこともありましたが、下の子が3歳と幼く、お互い話し合ってやり直そうと言うことになりました。
しかしこの頃からAの気持ちは殆どBから離れて夫婦の性関係も激減し、結婚15年目位からセックスレとなり、結婚16年目でX女と関係を持ち、帰宅も遅れるようになりました。
Aの行動に不信感を持ったBは興信所を使ってXの存在を知り、X方に毎日のように訪れ、玄関先でAと別れるよう怒鳴り散らす等の行為を繰り返すようになり、Aは益々Bが嫌になってきました。
Aの家族はAの亡父から相続した一戸建て建物(時価3000万円程度)に居住し、更にAには亡母の交通事故死による損害賠償金3000万円の定期預金がありましたが、Aの浮気が発覚してからBは無断で預金証書を届出印を持ち出し、Aの3000万円の定期預金を払い戻し自己名義に変えてしまいました。
そこでAは、弁護士に依頼してBに対し、3000万円返還の訴えを出し、結婚17年目にBに対しAへ2600万円返還を命ずる判決を得ました。Aは、判決に基づきBが預金しそうな銀行、信金、農協と10件ほどの金融機関の預金差押手続を取りましたが、農協預金100万円以外は空振りに終わり、結局、100万円しか回収出来ず、2500万円が未回収に終わりました。
Aは、結婚17年目からBと住んでいた居宅を出て、Xとアパート暮らしを始めましたが、この間BはXに対し500万円の慰謝料請求を出し250万円支払を命ずる判決となり、Xは全額Bに支払いました。
そこで別居後3年経過した結婚20年目にAはBに対し婚姻破綻を理由に離婚の訴えを提起し、裁判中にBに対する2500万円の損害賠償請求権を放棄して事実上2500万円を贈与し、更にBが住む居宅もBに贈与する意思があることも表明しました。Aは3年前の定期預金無断払い戻し事件以来Bに生活費を一切送っていませが、4人の子供達とは携帯電話で頻繁に連絡を取り合い、特に一番下の10歳の子供とは月に2回程度は会って一緒に遊ぶ機会を持っています。
Bは頑として離婚を拒み、自分はAを今でも愛しており、必ず戻ると信じていると被告本人質問で泣いて裁判官に訴えます。
果たしてこのような事例で離婚は認められるでしょうか。
<回答例>
これも当事務所が扱った実際例をアレンジしたものです。
1.無断解約預金の取り戻し
Aは当初弁護士に対し離婚ではなく、無断解約された預金3000万円の取り戻し請求でした。そこでBが預金しそうな銀行に仮差押をかけて訴訟を提起しましたが、その銀行には預金されておらず、空振りに終わり、最終的には3000万円の内から不倫の慰謝料相当額、婚姻費用相当額等が控除された2600万円の返還を命じる確定判決を得て、Bが預金しそうな金融機関10社程に差押をかけましたが、100万円しか回収できず、残り2500万円は回収の目処が全く立たない状況となりました。
Bはお金の確保に必死で専門家の意見を聞いてAが見当もつかない金融機関の貸金庫等に預けていたものと思われます。
2.離婚の調停
Aは3000万円の返還請求と並行してBに対し離婚調停を申し立て、Bも弁護士を依頼して話し合いをし、B側弁護士の説得もあり、一時はAが3000万円返還要求を全額放棄、要するに贈与して離婚する方向での調停も成立しかけましたが、最終的にBが応じず不調となりました。
3.離婚の訴え提起
そこでAは直ちにBに対し訴えを提起し、裁判中に先に判決を得た2600万円の返還請求権の残金2500万円を全て放棄し事実上贈与する旨意思表明し、更にBと4人の子供が住む時価3000万円相当の居宅も贈与すること意思も表明し、裁判官に是非とも離婚を認めて欲しいと懇請しました。
これに対しBは、Aを今でも愛しており、いずれ自分の元に戻ってくると確信している、子供達も全員Aが戻ることを待っていると涙を流しながら裁判官に懇請しました。
4.A側の主張
有席配偶者の離婚容認要件は、
@長期の別居期間、
A未成熟子の不存在
B苛酷状況の不存在
とされています。
私はA側代理人として、有責配偶者の離婚容認要件である
@は既に別居後3年を経過しており、3000万円もの大金を横領するなどの不法行為をしたBに対するAの気持ちは完全に離れ、両者の意識の乖離は大きく、期間の長短のみを基準とすべきでないこと
Aは一番下の子が10歳に達し、Aと携帯電話によって頻繁に連絡を取り合い密接な交流が続いており、情報通信の発達した現代は同居せずとも親子の交流は十分に可能であること、
Bは慰謝料含めて3000万円もの大金をBに交付し、更に時価3000万円相当の居宅も贈与することを約束し経済的には十分な給付をしていること
から離婚を認めて然るべきと力説しました。
私自身は、3000万円返還請求事件と離婚事件は同じ裁判官が担当し、Bの険しい性格を認識されていたのでこのケースは離婚認容もあり得ると予想していました。
5.判決
しかし、残念ながらその予想は完全に外れ、離婚認容はなりませんでした。
判決では、両者の意識の乖離が大きく、ABが元の鞘に収まる可能性はなく、現金3000万円に加えて時価3000万円相当の居宅も確保できるので離婚後Bが過酷な状況に陥ることもないと言うことまでは認めてくれました。
しかし、@は同居期間17年に対し、3年の別居期間は短すぎること、又Aについて15,12,10歳の3人の子供は未成熟子と評価すべきであり、有席配偶者離婚容認要件の@、Aは満たされていないので、現時点では離婚は認められないとの結論でした。
6.私の感想
私自身は、木訥で律儀な性格のAに同情し、何とかAの望みを適えてやりたいと思って渾身の準備書面を書いたのですが、最終的に認められなかったことに落胆しました。
過去の有責配偶者離婚請求の判例を調査すると別居期間3年程度で認めたものは皆無であり、又離婚が認められた事例では子供が居ないか居ても成人に達しているものが殆どであり、控訴しても覆すのは極めて難しいと判断し、控訴は薦めず、しばらく時の経過を待って再度離婚の訴えを提起することで今回の離婚請求は断念しました。
離婚の請求を棄却したからと言ってAがBの元に戻ることはあり得ないことは裁判官としても百も承知です。然るに離婚の請求を認めないのはひたすら法的安定性の要請です。簡単に離婚を認めたのでは婚姻制度の根幹が崩れてしまうと言う考えです。
しかし、長年男女問題実務に携わっての私自身の感想は、家庭学校論・夫婦戦場論で繰り返し述べて居るとおり、実質夫婦関係は法の力で維持できず、法によって形式夫婦を維持させることに何の意義があるだろうかという疑問です。
実質夫婦関係の維持は、人の心に尽きます。心が離れたら実質夫婦関係はお終いです。
この心の関係を維持するのに、法の力は殆ど意味を持ちません。却って法で守られているという安心感が、心をの結びつきを維持する努力を怠りがちにさせます。
私が繰り返し強調する家庭学校論・夫婦戦場論は、夫婦関係が法で守られていると誤解してはなりませんよ、法は夫婦関係の実質維持には全く当てになりませんよと言う警告です。
しかし法を守らせることを基本的職務として、法的安定性の維持に汲々とする裁判官の立場では、法なんて当てになりませんよと言う警告を出すような大胆な結論を出すことは、無理な話なのでしょうね。