本文へスキップ

小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

遺産分割

民法910条に基づく価額支払請求で消極財産不控除とした地裁判例紹介

○事例は滅多にありませんが、民法には以下の規定があります。
民法第910条(相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権)
 相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続入が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。


○この規定に基づき被相続人AとBとの間の子(非嫡出子)の原告Xが,亡Aの死後,認知の裁判確定により被相続人Aの相続人となり、被相続人Aの嫡出子である被告Yに対し,既に遺産分割を終えていた被相続人Aの遺産について約3110万円の価額の支払を求めた事案があります。

○被相続人の遺産(積極財産)の範囲及びその評価額については当事者間に争いがなく,本件の争点は,原告Xの法定相続分(争点①),Yの特別受益(学費の援助等)の有無及びその額(争点②),Xに支払われるべき価額の算定において被相続人Aの消極財産を控除すべきか否か(争点③),消極財産を控除すべきであると解した場合における控除すべき消極財産の額(争点④),Xの請求の一部が権利濫用に当たるか否か(争点⑤)でした。

○この事案について、Xの法定相続分はYと同じ4分の1とし,争点②について,大学の学費は被相続人Aから借り入れたもので既に返済がされてYの特別受益ではないとし,争点③について,Xに支払われるべき価額の算定において被相続人Aの消極財産を控除すべきではないとし,争点⑤について,原告の請求の一部が権利濫用に当たるとはいえないとして,積極財産の評価額の4分の1に相当する約2485万円の支払をみとめた平成29年9月28日東京地裁判決(判タ1451号206頁)の一部を紹介します。

*********************************************

主   文
1 被告は,原告に対し,2485万4374円及びこれに対する平成27年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 被告は,原告に対し,3110万4374円及びこれに対する平成27年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言

第2 事案の概要
1 本件は,亡A(以下「亡A」という。)とBとの間の子であり,亡Aの死後,認知の裁判確定により亡Aの相続人となった原告が,亡Aの嫡出子である被告に対し,既に遺産分割を終えていた亡Aの遺産について,民法910条に基づく価額支払請求として,3110万4374円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年3月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

         (中略)


第3 当裁判所の判断
1 争点①(原告の法定相続分)について

(1) 民法900条4号ただし書のうち非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1と定めていた本件規定は,平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたものというべきであるところ,既に関係者間において裁判,合意等により確定的なものとなったといえる法律関係が存在する場合にこれを覆すことは相当でないが,関係者間の法律関係がそのような段階に至っていない場合であれば,本件規定の適用を排除した上で法律関係を確定的なものとするのが相当である(平成25年大法廷決定)。

 しかるところ,亡Aの遺産について,本件認知判決により同人の相続人となった原告と従前の相続人である被告,亡C及び同人の相続人であるDとの間に,裁判,合意等により確定的なものとなったといえる法律関係が存在すると認めることはできない。したがって,原告に支払われるべき価額の算定においては,本件規定の適用が排除される結果,原告の法定相続分は被告と同じ4分の1となる。

(2) これに対して,被告は,被告と亡Cとの間で本件各遺産分割協議が成立していたことをもって関係者間に確定的なものとなったといえる法律関係が存在する旨主張する。
 しかし,本件認知判決確定後においては,原告との関係においても亡Aの遺産をめぐる法律関係を確定的なものとする必要があり,原告は平成25年大法廷決定のいう「関係者」に該当するところ,原告は本件各遺産分割協議に関与しておらず,同協議の成立によって亡Aの遺産に係る原告の権利義務の内容が確定しないことは明らかである。
 したがって,本件各遺産分割協議の成立により,亡Aの遺産につき関係者間に確定的なものとなったといえる法律関係が存在すると認めることはできないから,被告の上記主張は採用することができない。

2 争点②(被告の特別受益の有無及びその額)について

         (中略)


3 争点③(原告に支払われるべき価額の基礎となる遺産額の計算において消極財産を控除すべきか否か)について
(1) 民法910条は,その文言上,「相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合」における当該遺産分割の対象となる財産についての価額支払請求について定めたものと解されるから,その価額の算定に当たって考慮される財産は,遺産分割の対象となる積極財産に限られると解するのが相当である。

 しかるところ,金銭債務その他の可分債務の債務者が死亡し,相続人が数人ある場合に,被相続人の当該債務は,法律上当然分割され,各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものと解される(最高裁昭和32年(オ)第477号同34年6月19日第二小法廷判決・民集13巻6号757頁参照)。そして,本件訴訟において被告が考慮すべきであると主張する消極財産は,いずれも可分な金銭債務であるから,相続により各共同相続人に法律上当然に分割承継され,遺産分割の対象とはならないものである。

 したがって,本件訴訟において被告が主張する消極財産は,いずれも原告に支払われるべき価額の算定に当たって考慮すべき財産とはいえないから,当該消極財産の存否を含む債権額(争点④)について検討するまでもなく,これを控除して価額の算定を行うべきである旨の被告の主張はそれ自体失当であり,理由がない。

(2)
ア これに対して,被告は,本件各遺産分割協議において,亡AがDに対して負っていた借入金債務を亡Cが相続することを前提として,亡Aの預貯金の大部分を亡Cに相続させることとしたものであり,原告の価額賠償請求において亡Aの消極財産を考慮しないこととすると,かかる本件各遺産分割協議の前提自体が覆されることとなり,民法910条の趣旨が没却される旨主張する。

 しかしながら,民法910条の規定は,相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において,他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには,当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって,他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものであり(最高裁平成26年(受)第1312号,同第1313号同28年2月26日第二小法廷判決・民集70巻2号195頁),当該分割等によって形成された権利関係ないし法的安定性の保護のみをその趣旨とするものではない。

 そして,原告は,本件各遺産分割協議の成立に関与しておらず,同協議がされた時点において,亡Cが相続することとされた亡AのDに対する借入金の存否を確認し,これを争う機会が与えられていないのであり,このような債権について,被告と亡Cの間で既に本件各遺産分割協議が成立していることを理由に,当然に消極財産として亡Aの遺産額から控除した上で原告に支払われるべき価額を算定することは,原告の利益を不当に害するものであり,民法910条の上記趣旨に照らして相当といえないことは明らかである。

イ 被告は,原告の価額賠償請求において亡Aの消極財産を考慮しないこととすると,法定相続分割合を超えて弁済をした者が改めて原告に対する不当利得返還請求をしなければならず,紛争の一回的解決という点からも問題がある旨主張する。
 しかしながら,被告が上記弁済をした場合には,本件訴訟において,上記弁済に基づく不当利得返還請求権を自動債権とする相殺の抗弁を主張することにより,本件訴訟の中で債権債務関係を清算して紛争解決を図ることが可能である。また,被告が消極財産として主張する債権の債権者は,本件各遺産分割協議の内容にかかわらず,亡Aの相続人に対してそれぞれの法定相続分割合に応じた債権額につき権利を行使することが可能であり,かかる権利行使に対して特定の相続人が当該債権の存否を争う場合には,債権者とその相続人の間における紛争として解決を図るのがむしろ適切であるといえる。

ウ したがって,被告の上記ア及びイの主張はいずれも採用することができない。

4 争点⑤(原告の請求の一部が権利濫用に当たるか否か)について
(1) 被告は,亡Cが負担した葬儀関係費用並びに特別区民税及び都民税について,原告が被告に対し,その合計額である292万9019円のうち原告の法定相続分に相当する額の支払を求めることは,権利濫用に当たり許されないと主張する。
 そこでまず葬儀関係費用について検討するに,葬儀関係費用は,相続開始後に生じた債務であり,そもそも相続債務とはいえないものであるから,民法910条に基づく価額支払請求において,被認知者である相続人に支払われるべき価額を算定するにあたり,かかる債務を基礎となる遺産額から控除することは相当とはいえない。

 また,前記前提事実,証拠(甲10,乙5ないし19)及び弁論の全趣旨によれば,平成20年2月3日に亡Aが死亡した後,同月5日にg斎場において,親族と親しい関係者のみが参列して亡Aの葬儀が執り行われ,同年3月下旬に納骨が行われたこと,当時被告及び亡Cは原告の存在を認識しておらず,亡Aの葬儀や納骨に原告は参列していないこと,同年2月5日以降,亡Cが亡Aの葬儀関係費用(葬儀費用,式場使用料,飲食料,火葬代等)として合計255万7319円を支出したことが認められる。

 このように,原告は,亡Aの葬儀及び納骨に係る支出に関与していないばかりか,これらに参列する機会すら与えられておらず,支出した費用に対応する経済的利益も一切享受していないのであるから,原告が上記葬儀関係費用のうち自らの法定相続分割合に相当する部分を当然に負担すべきであるとはいえない。

 したがって,原告が,価額支払請求において,上記葬儀関係費用のうち原告の法定相続分割合に相当する額を控除せず請求することが権利濫用に当たると認めることはできない。


(2) 特別区民税及び都民税は,各年の1月1日における住所及び前年の所得に従い課せられる地方税であり,平成20年度の特別区民税及び都民税の納税義務者は亡Aであるから,同年度の特別区民税及び都民税の納税義務は,相続債務といえる。
 もっとも,相続債務は,法律上当然分割され,各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものであり,遺産分割の対象とはならず,価額支払請求における価額の算定においてこれを考慮すべきでないことは,前記説示のとおりである。そして,上記3(2)イのとおり,分割承継された相続債務について法定相続分割合を超える弁済をした者は,他の共同相続人に対して不当利得返還請求をしてその清算を図ることが可能であり,被告が原告に対する上記請求権を有するときは,本件訴訟の手続内で相殺の抗弁を主張してその満足を得ることが可能である。このような他の清算手段がある以上,特別区民税及び都民税についても,価額支払請求において,原告が自らの法定相続分割合に相当する額を控除せず請求することが権利濫用に当たると認めることはできない。

5 結論
 以上によれば,原告に支払われるべき価額は,亡Aの積極財産の評価額合計9941万7498円の4分の1である2485万4374円である。したがって,原告の請求は,2485万4374円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年3月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 よって,主文のとおり判決する(仮執行宣言は相当でないからこれを付なさいこととする。)。
 東京地方裁判所民事第45部
 (裁判官 川﨑慎介)

 〈以下省略〉