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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

扶養

兄弟姉妹間の扶養義務内容程度について判断した福岡高裁決定紹介

○親族間の扶養義務に関して民法は次のように規定し、兄弟姉妹間にも原則として扶養義務があるとしています。
第877条(扶養義務者)
 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

第878条(扶養の順位)
 扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力がその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても、同様とする。

第879条(扶養の程度又は方法)
 扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。

第880条(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)
 扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。

○兄弟姉妹から扶養を請求されている方から、応じる義務の有無について相談されました。そこで関連判例を探しました。大変古い判例ですが、昭和29年7月5日福岡高裁決定(家庭裁判月報6巻9号41号)全文を紹介します。兄弟姉妹間の扶養義務及びその程度は、夫婦間の扶養義務又は未成熟子に対する親の扶養義務におけると異り、(中略)、その地位身分に相応する生活程度を引下げてまで相手方を扶養する法律上の義務はないものと解するを相当とするとしています。

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主   文
一 相手方Aと抗告人B、Cとの間の原審判を取消す。
二 相手方Aと抗告人Dとの間の原審判をつぎの通り変更する。
三 抗告人Dは相手方Aに対し金3万円を支払いなお昭和29年7月から昭和30年3月まで毎月金2000円をその月の15日までに支払わねばならない。

理   由
一 抗告の趣旨及び理由は別記の通りである。

二 記録第四丁以下及び第65丁以下の各戸籍謄本の記載によれば、抗告人らと相手方は互に兄弟姉妹であることが明らかであるが、兄弟姉妹間の扶養義務及びその程度は、夫婦間の扶養義務又は未成熟子に対する親の扶養義務におけると異り、扶養義務者たる兄弟姉妹の一方は、自己の地位身分に相当な生活をなした余剰をもつて扶養権利者たる一方(相手方)を扶養すれば足るのであつて、相手方に対する扶養義務を履行することによつて、自己の地位身分に相応する生活を営むことを害される必要はなく、換言すると、その地位身分に相応する生活程度を引下げてまで相手方を扶養する法律上の義務はないものと解するを相当とする。

 もとより自己の生活を犠牲にして相手方(他の一方)たる兄弟姉妹を扶助することは道義的には推奨さるべきであり、特に扶養関係のように法と道義との関係が密接であつて、後景に道義の拘束がない限りその円満無碍の実効を期待し難い法律関係にあつては、法に対する道義の優位ということが強調されるべきであり、それ故要扶養者を遺棄することは刑法もこれを禁止しているけれども、扶養という積極的なそして通常継続的ないし反覆的な強制的義務を新たに負担させるがためには、自然その間法律的な限界が画さるべきであつて、この限界を超脱するところにおいては、道義的扶助こそは期待されても、そこに法律上の扶養義務ありとしてその義務の履行が強制されるようなことがあつてはならないのである。

本件について見るに,記録によれば
(一)
(1) 抗告人Cは大正9年○月○○日木元治と婚姻して以来同人と同居しその扶養の下に生活している者で、見るべき固有の資産なく、相手方を扶養すべき何らの資力を有しないこと。

(2) 抗告人Bは肩書地で○○商を営み、月3・4万円の収益を挙げている外相当の動不動産を有するけれども、同人の妻は数年前から○○を病んで療養中であるばかりでなく、金5、60万円の取引上の債務を負担している外、金200万円程度の保証債務(手形上及びその他民商事上の債務)を負担し、(債務総額金250万円)しかもその主債務者たる松田三郎は金2778万余円の債務のため、目下清算中であるから、いずれは早晩正雄において保証人としての義務の履行を迫らるべき窮迫せる事情にあつて正雄の資力は到底相手方を扶養する余力がないこと。
が認められる。されば原裁判所が右抗告人両名を本件扶養請求審判について利害関係人として参加を命じた上、相手方に対する扶養料の支払を命じたのは、相手方が要扶養者であると否とにかかわりなく不当であつて、抗告は理由があり原審判は取消を免れない。

(二) つぎに相手方の抗告人Dに対する請求について考察する。
(1) 相手方は胃の緊張度弱く立位において臍下約10糎の下垂を認むる胃下垂と十二指腸虫の寄生を見るの外身体に異状なく、一般普通人のなすべき業務に堪え得る身体を有し(以上は当審鑑定人朝○○之の鑑定の結果及び為○○郎の証明書による。これに反する医師小○○二の診断書二通及びその他の証拠資料は採用しない。)明治43年○月○○日生の現在43年○○ケ月余の稼働力ある者で○○市立高等女学校出身の学歴を有するので自から自活しようとする意思さえあれば、相当の職を得て自活することはあえて難事ともいえない筈であるが、元来生活が派手好みで少しも自から働こうとする意思がないため、知人・民生委員・警察官などの好意ある就職の斡旋にも耳をかさず、またD夫妻において、誠心同人らと生活を共にするよう勧めたのも受付けないで、兄姉に当る抗告人らは当然生活費を支給して相手方を扶養すべきであるとの誤解に出でた倣慢な態度を固持し来り、Dが○○市から態々相手方を訪ねて将来の生活方針や身の振方について協議をなした際には、一寸したことにいいがかりをつけて激昂し、大声で怒鳴り散らし多数人の面前でDを罵倒したことさえあつたし、

 そして、Dが数年前からその所有にかかる相手方居住の家屋及び宅地(賃料月2000円相当)を無償で使用されているにもかかわらず、相手方は、Dが右家屋に置いていた衣類と同家屋付置の庭園の相当価値ある植木類を勝手に売飛ばしてその代金を消費するなどの暴挙に出で、また前示木元治方において同人夫婦と同居して扶養を受けていた当時においても、以上の事例によつて窺われる相手方の不当な態度が原因となつて自然同居を拒まれBも相手方に対し頭初は二回に亘り金7000円を支給する外有形無形の扶助援引をなしていたが現在においては相手方の不当な態度に憤慨して寄せつけない有様であつて、要するに相手方の兄姉たる抗告人らに対する態度、殊にDに対する態度においては寔に遺憾とすべき点多く、しかもいささかの自省悔悛の情がないため、Dは兄としての温い手をさしのべようにもさし延べ得ない事情に立ち到つているのであること。そして、Dは○○市において戦災に遭い、当時居住していた家屋まで焼失した戦災者であるばかりでなく昭和20年○月からは長男和雄(年令○○才)が東京○○大学に、同20年○月からは二男正(年令○○才)が○○大学に在学し、両名に対し毎月金1万円以上計2万円以上の学費を送金しているのであるから、Dの資産状態と照らし合せかつ又以上認定した諸般の事情を綜合すると一応同人の相手方に対する扶養の程度は前示住宅を無償で使用させることをもつて十分であり、それ以上に出ずる必要がないといえないこともないように考えられるけれども、
(2) 右のように解するのは正当でない。即ち、

(イ) 扶養はその方法及程度において当事者の意思を尊重すべきであるところDは原裁判所の昭和28年○月○○日の調停期日において「相手方が真に困つているなら月金2000円位の援助はしてもよいと思つている」旨同年○月○○日の調停期日において「相手方が自分に預けた金全部の返済を受けたことを承認すれば、Bとも相談し、同人と協同して相手方に対し向後1年を限り月金5、000円を支給するの外、なお相手方が他から借用している負債金36、000円を弁済するよう協力し度い」旨申述べておること(もつとも昭和29年○月○日の当審における審問においては、「Dは現在事業不振でかつ相手方が自分達の忠告を受入れず自活の道を立てないでその老後の扶養まで保証せねばならぬと思うと、1年限りでも月2000円の扶養料を支払うことにも躊躇を感ずる」旨述べたのであるが、前示昭和28年○月ないし○月よりも特にDの事業が不振に陥つたという点は措信し難い所である)

(ロ) 相手方は自己の過ちに出でた自業自得の果てとはいえ内職による月金1000円ないし金1500円程度の収入しかなく真に窮迫した状況に陥つていること(現行民法は旧民法第959条第二項本文のような規定を有しないので相手方の扶養を受くる必要がその過失によつて生じたときでも、扶養を受くる権判がないとは言えないのであつて、ただ右の過失は民法第879条にいわゆる一切の事情の一つとして考慮されるものと解すべきである)

(ハ) 相手方が職を得て自活するには、十二指腸虫を駆除する医療費が必要であり、そして同人が真実働こうとする気になりさえすれば職を得ることは、これを斡旋する人々もあるのでさして困難ではないけれども、愈々職を得るまでにはそれ相当の期間が必要であること。

(ニ) Dにおいても、亦相手方においても現在引取り扶養を希望しておらないばかりでなく、引取り扶養することは適当でない事情にあること。
が認められ以上(1を含む)認定の諸事情とその他記録により認められる一切の事情を綜合すれば、Dに全然扶養義務がないとするのは正当でなく、相当の扶養料を支給して相手方を扶養すべき義務があると認めないわけにはいかないのである。しかしながら、本件相手方のように現在は自活し得ないにしても、元々自活能力がないとは言えないのに自活しようとする意思がなくもつぱら兄姉の扶助援引によつて安楽な生活をしようとする者に対しては、一般の扶養を命ずる裁判と等しく予め期限を定めずに一定の扶養料額を定めこれが反覆的給付を命ずることは適当でなく、寧ろ裁判時の現在において相当と認められる期間を限り扶養料の支払を命ずるのが妥当である。

よつて、当裁判所は以上の見地に立つて、前示一切の事情を考慮した上、Dは相手方に対し昭和28年○月以降昭和30年○月まで毎月金2000円をその月の15日までに支払う義務があり、かつ右の程度をもつて相当であると解する。換言すれば既に期限の到来している昭和29年○月までの15ケ月分の全3万円は即時に支払いいまだ期限の到来していない同年○月以降の分は期限の到来するまでに毎月支払うべきものである。相手方は、現在相当多額の負債があるからDらにおいてこれを弁済すべきであり、また扶養の程度についても参酌さるべきであると主張するのであるが、扶養は真に必要な自活需要の不足を補足するものであるから、扶養義務者において、相手方の負債を弁済してやる義務がないのは当然であつて、また負債が多額であるということ自体は、他に特段の事情がない限り扶養の程度に関し参酌すべき限りでない。

蓋し、扶養権利者が要扶養の状況にあることを通知し扶養を求めたのにもかかわらず、扶養を受けないため、扶養権利者が生活費払支たるべき債務を負担し、あるいは生活費のため借用した負債といえども、該負債は支給されまたは支給さるべき扶養料によつて弁済さるべきものであり、右の負債が多額であつて扶養料額を超過する場合においても、扶養義務者は右超過部分を弁済してやる責任はなく、况んや生活費に関しないその他の債務を弁済してやる義務のないことは言を俟たない所であるから相手方の前示主張は採用の限りでない。

 なお念のため付言すれば前示昭和30年3月までの間においても、いわゆる事情に変更を生じたときは、Dにおいて本決定の取消・変更を求め得るのであり、相手方においても、亦これが変更を求め得ることは当然であるが、右の取消変更がない以上、本決定は昭和30年3月の扶養料の支払をもつて効力を失うものである。
されば、以上と趣旨を異にする原審判は不当であるから、これを変更すべきものとする。
よつて主文の通り決定する。
(裁判長判事桑原国朝、判事二階信一、判事秦亘)