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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

寄与分

認知症の被相続人身上監護寄与分一日8000円を認めた審判例紹介

○「遺産として預貯金しかない場合の特別受益控除-62年ぶり判例変更か?」で紹介した事案の高裁決定を探しているのですが、なかなか見つかりません。預貯金生前贈与の特別受益適用を排除した理由を知りたかったからです。私が扱った「預貯金と特別受益に関する平成25年10月4日東京高裁決定紹介」では、「本件では,抗告人の遺留分を侵害するほどの実質的な不均衡は生じていない」と理屈にならない理屈を立てていました。

○この判例を探している内に、特別受益の話しではありませんが、これは使えると思える平成19年2月8日大阪家裁審判(家月60巻9号110頁)を見つけたので紹介します。遺産分割事件で良く相談されることに、介護状態になった親を数年間苦労して介護したことは遺産分割で考慮されないのですかというものがあります。

○これに対し、寄与分の主張ができないことはありませんが、その具体的金額の算定が大変ですと歯切れの悪い回答をせざるを得ませんでした。ところが、被相続人に対する身上監護を理由とする寄与分の申立てに対し、被相続人が認知症となり、常時の見守りが必要となった後の期間について、親族による介護であることを考慮し、1日あたり8000円程度と評価し、寄与分を876万円と定めた審判例が前記審判例です。以下、全文紹介します。

○この判例では、親の土地に家を建てて無償使用した分についての特別受益との主張に対し、「被相続人としては,長男である相手方にそばにいてほしいとの考えから,同目録A記載5の土地の上に相手方の自宅を建設させ,特に土地使用料もとらなかったものと考えられ,その後,被相続人夫婦が次第に高齢となるに従い,相手方夫婦を頼りにし,その世話になることも増えていったことが窺えるものであり,被相続人の意識として,相手方の別紙遺産目録A記載5の土地の無償使用を遺産分割において特別受益として扱うことは予定していなかったものと推認される」として特別受益を否定していることも注目されます。

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主  文
1 相手方の寄与分を876万円と定める。
2 被相続人の遺産を次のとおり分割する。
(1) 別紙遺産目録A記載1及び2の不動産を申立人A,申立人B及び申立人Cの持分各3分の1の共有取得とする。
(2) 同目録A記載3及び4の不動産を申立人A及び申立人Cの持分各8分の3,申立人Bの持分8分の2の共有取得とする。
(3) 同目録A記載5の土地を相手方の単独取得とする。
(4) 同目録B記載1,2,4ないし7の各預金及びその利息並びに8の現金は,相手方の取得とする。
(5) 同目録B記載3の預金については,申立人A及び申立人Cが各204万7653円,申立人Bが267万2580円,相手方が391万9028円を取得する。同預金に平成18年11月14日以降の利息が発生している場合には,各人の取得金額の割合に応じて取得する。
3 本件手続費用は各自の負担とする。

理  由
一件記録によれば,以下のとおり認定及び判断することができる。
1 相続の開始及び相続
 被相続人は,平成17年×月×日死亡し,相続が開始した。その法定相続人は,同人の子供である申立人A,同B,同C及び相手方の4名であり,法定相続分は各4分の1である。

2 遺産の範囲
 別紙遺産目録A記載の不動産,B記載の預貯金及び現金が被相続人の遺産であることは,当事者間に争いがなく,本件記録によってもこれを認めることができる。
 なお,別紙遺産目録B記載の7の預貯金の残高については,平成18年×月×日の審判期日における当事者の合意及びその後の調査結果に基づき,別表のとおり,相続開始時である平成17年×月×日時点の残高に,その後振り込まれた平成17年4月分の賃料を加算し,そこから固定資産税の4か月分等及び駐車場の預かり保証金76万円を差し引いたものである。
 また,同目録B記載の8の相手方保管の現金については,同様に,450万円から葬儀費用等の409万8252円を差し引き,これに相手方の口座に振り込まれた被相続人の年金28万3879円を加えた68万5627円から,相手方が立て替え払いした被相続人の税金11万8900円を差し引いた金額である。

3 寄与分
(1) 相手方は,寄与分を主張する。すなわち,相手方は,平成元年に被相続人の妻Fが入院して以降,被相続人方の家事等生活の面倒を見てきたものであり,平成14年ころから,被相続人の認知症が進行し始めた後は,介護支援を行ってきたこと,被相続人が行っていた駐車場の経営を引き継いで管理,経営を行ったことにより,被相続人の財産の維持増加に貢献し,7366万7600円の寄与分があるとの主張である。

(2) これに対し,申立人らは,平成14年以降の3年間については,相手方が被相続人の介護を献身的に行っていたことを認めるものの,その余の点については,相手方に特段の貢献があったものとは認められず,前記,3年間の介護についても,相手方が被相続人宅に隣接した被相続人所有地に家を建て,地代等の負担もなく,長年住み続けている事情を考慮すると,相手方の主張する7366万7600円という金額は過大に過ぎる旨,主張する。

(3) そこで,検討するに,被相続人の妻Fは,平成元年ころから,短期の検査入院を繰り返すようになり,平成7年×月に死亡したものであるが,Fの入院中は,相手方の妻が毎日病院に通うほか(□□在住の申立人Aも週に1回程度,病院を訪れていた。),相手方夫婦で,被相続人の家事全般の世話をしていた。
 F死亡後は,相手方の妻が昼食と夕食を作り,被相続人方に届けるほか,日常的な世話を行っていた。被相続人方の周囲は広いため,除草作業や清掃作業の負担は大きく,申立人Aもときどき庭や周囲の溝の清掃を手伝っていた。
 また,被相続人は,平成13年までは一人で新幹線に乗り,○○に住む申立人Bや申立人Cの家を訪問してしばらく滞在していた。
 しかし,平成14年2月ころから被相続人に認知症の症状が顕著に出るようになったため,相手方は,被相続人の3度の食事をいずれも相手方方でとらせるようになり,被相続人が○○を訪問するときは,相手方が往復とも被相続人に付きそうようになった。このころから,被相続人は常時,見守りが必要な状態となり,また,被相続人の排便への対応にも相手方は心を砕いていた。
 申立人らも,平成14年以降の3年間については,相手方が被相続人の介護を献身的に行っていたことを認めており,この期間については,相手方の被相続人に対する身上監護には,特別の寄与があったものと認められる。
これに対し,平成14年2月より以前の被相続人に対する日常生活上の世話は,親族間の扶養協力義務の範囲のものであると認められ,特別の寄与とまではいえない。

 また,駐車場の管理について,相手方が具体的に行動し始めたのは平成13年2月ころからであり,駐車場の清掃,苦情への対応,顧客離れを防ぐための賃料の減額などを行っていたものであるが,相手方が平成14年1月から駐車場管理の報酬として月額5万円を取得していたことに照らし,相手方の駐車場の管理について特別の寄与があるとまで認めるのは困難である。

(4) 相手方の被相続人に対する身上監護については,親族による介護であることを考慮し,1日当たり8000円程度と評価し,その3年分(1年を365日として)として,8000円×365日×3=876万円を寄与分として認めることとした。

4 特別受益
(1) 申立人Bに対する○○市○○区○○○丁目○○―○○の宅地の持分27分の5の生前贈与
 申立人Bは,平成14年から15年にかけて,被相続人から○○市○○区○○○丁目○○―○○の宅地の持分27分の5につき,申立人B及びその妻,子に対して贈与を受けており,この評価を相続開始時である平成17年の路線価を基に計算すると597万4388円となることは,申立人B自身が認めている。

(2) 申立人A,同B,同C及び相手方に対する各333万円の生前贈与
 当事者全員が,それぞれ被相続人から生前贈与として各333万円を受領したことを認めており,これについては,特別受益としては取り上げないこととした。

(3) 相手方の別紙遺産目録A記載5の土地の無償使用
 申立人らは,相手方が別紙遺産目録A記載5の土地を昭和51年1月から平成17年4月まで無償使用していることにより,1256万3000円の特別受益を受けている旨主張する。
 相手方は,昭和51年ころ,被相続人夫婦が居住していた別紙遺産目録A記載3の土地の隣地である同目録A記載5の土地(被相続人所有)の上に自宅を建設し,同所で生活するようになったものであるが,被相続人としては,長男である相手方にそばにいてほしいとの考えから,同目録A記載5の土地の上に相手方の自宅を建設させ,特に土地使用料もとらなかったものと考えられ,その後,被相続人夫婦が次第に高齢となるに従い,相手方夫婦を頼りにし,その世話になることも増えていったことが窺えるものであり,被相続人の意識として,相手方の別紙遺産目録A記載5の土地の無償使用を遺産分割において特別受益として扱うことは予定していなかったものと推認される。
 また,前記,寄与分の判断において,長年にわたる相手方の被相続人に対する身の回りの世話のうち,平成14年以降の3年間についてのみ寄与分を認め,それ以前の時期については,特別の寄与とまで認定していないこととの対比においても,相手方の別紙遺産目録A記載5の土地の無償使用を特別受益とすることは,相当でない。


(4) 相手方の独身時代における親元での居住利益
 申立人らは,相手方が就職した後も,30歳で結婚するまで親元で生活し,住居費の支出を免れるとともに,両親から食事のサービスを受けていたことについて,特別受益として主張するようであるが,これは特別受益にはあたらない。

(5) 相手方の住宅建設時の資金援助
 申立人らは,相手方が自宅を建設する際,被相続人から材木購入代金670万円の援助を受けていると主張するが,これを認めるに足りる資料はない。

(6) 相手方に対する亡母F葬儀残金の贈与
 申立人らは,相手方が亡母Fの葬儀後,被相続人から残金260万円を贈与されたと主張するが,これを認めるに足りる資料はない。

5 遺産の現状及び評価
(1) 別紙遺産目録A記載1の土地は,駐車場,広告塔用地として利用されており,相手方が管理している。同土地上に同目録記載2の建物が建っている。
 同目録記載3の土地の上に同目録記載4の建物が建っており,現在,居住者はおらず,相手方が管理している。
 同目録記載5の土地の上には,相手方の居宅がある。
 別紙遺産目録B記載の預貯金・現金は,相手方が管理している。

(2) 別紙遺産目録A記載1ないし5の各不動産の評価は,別紙遺産目録記載のとおりとすることに,当事者全員が合意している。なお,別紙遺産目録A記載5の土地については,同土地上に相手方所有の建物が建っていることから,当事者全員の合意により,使用借権分として土地本来の価額から15パーセントを減じた価額を同土地の評価額としたものである。

6 各人の具体的相続分
(1) 審判時における遺産は,不動産が1億7791万4766円,預貯金・現金が3439万8153円の合計2億1231万2919円である。これに申立人Bの特別受益597万4388円を加えると2億1828万7307円となる。
(2) 相手方に876万円の寄与分が認められるので,これを差し引き,残額2億0952万7307円を法定相続分各4分の1で分けると,各人の取得分は5238万1826円となる。
(3) したがって,各人の具体的相続分額は,以下のとおりである。
ア 申立人A及び同C
 各5238万1826円
イ 申立人B
 5238万1826円-597万4388円=4640万7438円
ウ 相手方
 5238万1826円+876万円=6114万1826円

7 分割についての当事者の意見等
(1) 申立人らの希望
ア 第1希望
① 別紙遺産目録A記載1及び2の不動産は,申立人らの持分各3分の1の共有とする。
② 同目録A記載3ないし5の不動産は,相手方の取得とする。ただし,相手方の相続分を超えるときは,代償金の支払いにより調整する。
③ 同目録Bの預貯金・現金は,申立人らが取得する。

イ 第2希望
① 別紙遺産目録A記載1ないし4の不動産は,申立人らの持分各3分の1の共有とする。ただし,申立人Bにつき,特別受益のため,持分3分の1とすることが過大である場合には,持分を相応に減少させる。
② 同目録A記載5の不動産は,相手方の取得とする。
③ 同目録Bの預貯金・現金は,按分する。

(2) 相手方の希望
 別紙遺産目録A記載1,2及び5の不動産を取得する場合には,代償金は2500万円まで支払える。申立人らと遺産の不動産を共有することは希望しない。

8 遺産の分割
(1) 相手方は,自宅の敷地である別紙遺産目録A記載5の土地のほか,駐車場である同目録A記載1,2の不動産の取得を希望するようであるが,これらの不動産の評価額の合計は1億2512万0249円となり,相手方の具体的相続分額6114万1826円との差額が6397万8423円にものぼり,支払うべき代償金が相手方の支払可能金額を大きく超えることとなるため,相手方には,不動産としては,自宅の敷地である別紙遺産目録A記載5の土地のみを取得させるのが相当である。

(2) 申立人らは,第2希望ながら,別紙遺産目録A記載1ないし4の不動産の持分各3分の1での共有を希望している。この点と申立人A及び同Cに比べ,申立人Bの具体的相続分が少ない点を考慮し,別紙遺産目録A記載1及び2の不動産を申立人らの持分各3分の1での共有とし,同目録A記載3及び4の不動産を申立人A及び同Cの持分各8分の3,申立人Bの持分8分の2での共有とすることとした。
 これにより,申立人Bは,4373万4858円相当,申立人A及び同Cは各5033万4173円相当の不動産を取得することになる。
 申立人ら各人の具体的相続分との差額については,別紙遺産目録B記載の3の預金から取得させることとする。申立人A及び同Cは各204万7653円,申立人Bは267万2580円である。

(3) 相手方には,具体的相続分6114万1826円と別紙遺産目録A記載5の土地の評価額3351万1562円との差額2763万0264円を預貯金及び現金で取得させることになる。すなわち,相手方には,別紙遺産目録B記載の1,2,4ないし7の預金の全部,8の現金の全部及び3の預金のうち391万9028円を取得させることになる。
 なお,別紙遺産目録B記載の3の預金に平成18年11月14日以降の利息がついている場合には,各人の取得金額の割合に応じて利息を取得させることとした。

9 手続費用の負担
 本件手続費用は,各自の負担とするのが相当である。
 よって,主文のとおり審判する。
 (家事審判官 牧真千子)