本文へスキップ

小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

相続人

祭祀財産承継者判断基準を定めた昭和56年10月16日大阪高裁決定要旨紹介

○「祭祀承継者を巡り二人姉妹が争い判断が分かれた裁判例全文紹介」で、民法第897条第2項の「慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める」基準を、「被相続人との身分関係、過去の生活関係・生活感情の緊密度、承継者の祭祀主催の意思や能力、利害関係人の意見等を総合して判断する」とした昭和59年10月15日大阪高裁決定を紹介していました。

○これは、被相続人名義の市営墓地使用権について、市により相続人の1人に名義書換えが行われた場合でも、裁判所によりこれと異なる相続人が祭祀財産承継者と定められたときは、その者が墓地使用権の承継者として改めて名義の書換えを受けうるとしたものですが、その要旨全文を紹介します。

*********************************************

【判旨】
1 一件記録によれば次の事実を認めることができる。
(一) A家は、古く寛文年間(西暦1670年ころ)から代々○○藩の藩医を世襲する家柄であり、明治以後も代々医師を家業とする者が続いたが、その子孫であり医師であつた被相続人Bは昭和27年7月3日に死亡した。

 相続人は、妻Cのほか、長男である相手方、二女D、四女である抗告人E、三男である抗告人F、四男である抗告人G、五男である抗告人Hの7名であつたが、二女のDは昭和46年4月15日に死亡して、その夫である抗告人I、長女の抗告人J、二女のKが相続し、妻のCは昭和48年4月7日に死亡した。

(二) 被相続人Bに遺言はなく、生前に同人が祖先の祭祀を主宰すべき者を指定することもなかつた。又、A家は、前述したとおり代々医師は絶えなかつたし、明治以後旧民法下においては医師である長男が家督相続をして祭祀財産を特権により取得し、当然に祭祀の主宰者となつてきたけれども、現行法の施行後、長男が医師でなくても祭祀主宰者となるのか、長男が医師でない場合、その他の兄弟のうち医師である年長者がそれを主宰するのか、そのいずれでもない場合どのようにして祖先の祭祀を主宰すべき者が定まるのかについての、慣習の存在は明らかではない。

(三) 長男である相手方は、医者になることを好まず、法政大学経済学部卒業後交通公社に就職し、両親に反対された妻をつれて戦前は主に外地で生活し、戦後昭和21年11月に明石営業所長となつて明石に赴任したが、その後退職した後も現在まで明石市内において妻と二人で生活している。三人の娘はいずれも嫁ぎ、相手方とは別居している。

 被相続人Bの二男は大正4年9月26日に夭逝した。

 三男である抗告人Fは、被相続人Bから嘱望され、大阪医科大学高等医学専門学校、戸塚の軍医学校を経て医師となり、戦後は肩書住所である西宮市内の被相続人宅に同居して大阪市立北市民病院、同市南保健所等に勤務するかたわら一時右住居に付設の被相続人経営の診療所で夜間診療に当たつて、両親を扶け、被相続人死亡後は右勤務をやめ昭和28年から跡を継いで同所でF医院を開業し、現在に至つている。同居家族は妻と歯科医師の二男であるが、ほかに建設省六甲砂防事務所に勤務し神戸市内に居住する長男がいる。

 被相続人及び同人妻Cの葬式の喪主はいずれも抗告人Fがつとめ、その後の法事も同抗告人が主宰した。

 四男である抗告人Gは医師であるが、妻と離婚し、西宮市内で単身居住して病院勤務をしており、本件祭祀財産の承継者としては、抗告人Fがよいと述べている。

 五男である抗告人Hは、戦後大阪専門学校卒業後一時放送局に就職していたが、昭和50年以来テレビ局に番組を販売するプロダクションを経営し、妻と、会社員の二子とともに豊中市内に居住している。同抗告人も、祭祀財産はFが承継することを希望している。

 被相続人の長女は大正3年8月29日に、三女は同13年6月5日に、それぞれ夭逝した。

 四女である抗告人Eは、昭和18年に嫁いだ後一男一女をもうけ現在は調布市に居住しているが、被相続人は明確な祭祀主宰者の指定をしなかつたものの抗告人Fを家業その他一般的な跡継ぎとする意向であつたから、Fが祭祀を主宰するのが望ましい、と述べている。

 昭和46年に死亡した二女Dの夫とその子らである抗告人I、同J、同Kはいずれも本件につき無関心であり、他の抗告人と相手方が仲直りすることを願つている。

(四) 被相続人Bの遺産は、昭和30年ころ協議により分割され、妻C、二女D、四女Eが抗告人Fのために相続分を放棄し、三男である同抗告人がBの居住していた家屋敷を取得して母Cと従来どおり同居し、同女を生涯世話することとなり、他の相続人らで隣接地を分け合つた。

(五) A家の菩提寺は尼崎市寺町所在の日蓮宗長遠寺であり、200年以上にわたる堀内家の墓標13基がその境内の墓地に散在しているが、B死亡後の法事、回向依頼、布施の支払等は主として抗告人Fによつてなされ、壇家名簿上もBからFに名前が変更され、昭和55年以降同寺に壇家が支払うこととなつた護持会費(墓地管理料を含む。)も抗告人Fが支払つてきている。

 一方、西宮市奥畑に所在する西宮市立満池谷墓地一区11号5番24えい地は、昭和4年12月23日以来被相続人Bが西宮市長の許可を得てその使用権を有することとなり、13墓の墓標が存したところ、Bが死亡して昭和30年8月26日にその遺骨が埋葬されるに当たり、相手方がBの相続人として使用権承継の願い出をし、同日付で西宮市墓地使用券(第1691号)の名義書換を受けた。現在右墓地上には、墓石、墓碑14墓のほか霊標一、灯籠一が存し、Bとともに妻Cも埋葬されている。

 なお、昭和30年当時の西宮市墓地使用条例(昭和3年10月11日条例第1号)によれば、第1条に「墓地ノ使用ハ本市在住ノ戸主又ハ世帯主ヨリ出願シ市長ノ許可ヲ受クベシ、但シ止ムヲ得ザル事情アルトキハ其ノ親族若シクハ縁故者ヨリ出願スルコトヲ得」とあり、第8条に「墓地使用ノ権利ハ相続人之ヲ承継シ他ニ譲渡スルコトヲ得ズ、但シ第1条但書ニ依リ使用ノ権利ヲ得タル者ヨリ死亡者相続人又ハ其ノ親族ニ譲渡スル場合ハ此ノ限リニ在ラズ」とあり、これを受けて当時の同条例施行細則(昭和3年10月11日告示第45号)第9条は「墓地使用条例第8条ニ依リ墓地使用権ヲ移転セントスル時ハ墓地使用券ニ戸籍謄本又ハ寄留謄本並ビニ其ノ事実ヲ証スルニ足ル書類ヲ添エ承継者若シクハ当事者連署ノ上墓地管理者ヲ経テ市長ニ願出テ之ガ名義書換ヲ受クベシ」と規定していた。

 一方、現行の西宮市墓地斎場条例第6条(使用の承継)は、第1項で「墓地の使用は使用許可を受けた者の死亡その他の理由により、当該使用許可を受けた者にかわつて祭祀を主宰する者が市長の承認を得て承継することができる。」と規定し、第2項で「前項の規定により承継を受けようとする者は、原因発生後直ちに市長に申請しなければならない。」と規定し、これを受けて現行の同条例施行規則第9条(使用承継の手続)は「条例第6条の規定により墓地の使用を承継しようとする者は、承継使用申請書に前使用者の使用許可書を添えて市長に提出し使用許可書の書換えを受けなければならない。」と規定している。

(六) 被相続人は、祭祀財産として、前記各墳墓のほか、仏壇、位牌等の祭具、過去帳一帖(元禄年間の先祖堀内伯竹以降のもので、長遠寺の作成にかかるもの。過去帳は祭具そのものではないが、祭祀を取り行うにつき先祖の俗名・戒名・命日などを確認し、法事の日どりの決定等の用に供するものであるから、祭具に準ずるものと解することができる。)及びA家世譜を所有し占有していた。右のうち祭具は、被相続人と同居していた抗告人Fがその占有を継承し、これにより先祖の供養を続けている。過去帳は、昭和48年5月ころ相手方がF方からこれを持ち出し、現在相手方が保管している。A家世譜は、過去帳と同じころ相手方がF方から借り出して複製した後、相手方は返還したと言い、F側は返還を受けていないと言い合つて、その所在は明らかではなく、少くとも相手方がこれを所持していることは確認できない。

2 以上の事実関係の下で判断するに、まず、祭祀主宰者について、被相続人の指定もなく、それを定める慣習も明らかとはいえないのであるから、民法第897条により、家庭裁判所が祭祀財産承継者を定めることとなる。

 この点につき抗告人らは、原審判を非難し、抗告人Fが祭祀主宰者となるべき慣習が定かではないとする根拠はない、と主張するが、その理由のないことは前記のとおりであり、かえつて、右慣習が明らかであれば家庭裁判所は祭祀財産承継者の指定をなし得ず、申立てを却下せざるを得ないのであるから、抗告人らの右主張は背理であつて排斥を免れない。

3 ところで、祭祀財産の承継者を指定するにあたつては、承継者と被相続人との身分関係のほか、過去の生活関係及び生活感情の緊密度、承継者の祭祀主宰の意思や能力、利害関係人の意見等諸般の事情を総合して判断するのが相当であると解されるところ、既に認定したとおり、抗告人Fは、被相続人夫婦と長らく同居してこれを扶け、嘱望されて家業も継ぎ、被相続人の葬儀及びその後の法事も事実上主宰してきたほか、相手方を除く兄弟姉妹からも望まれているというのであるから、被相続人Bが有した主文第1項1ないし5記載の各祭祀財産の権利は、抗告人Fが承継すると定めるのが相当である。

 そもそも、祭祀主宰者は民法897条の趣旨や文言からいつても、本来、一人であるべきものであるし、祭祀財産は祭祀を行うための要具であるから、それが著しく遠隔地にあるとか、歴史的価値が高く祭具本来の意味を失つた場合等の特段の事情がある場合を除き、原則として先祖の祭祀を主宰するのにふさわしい者がその権利を単独で承継すべきものである。

 本件の場合右特段の事情は認められないから、被相続人の所有であつた祭祀財産の権利を抗告人Fと相手方とに分属させるのは相当でない。


4 原審判は、満池谷墓地の使用権は既に相手方に帰属しているものと認められるからその承継者を定める申立は理由がない、とする。

 しかし、さきに認定したとおり、相手方が昭和30年8月26日に墓地使用券の名義書換を受け得た根拠規定は、旧西宮市墓地使用条例第八条所定の「墓地使用ノ権利ハ相続人之ヲ承継シ」との定めに基づくものと解されるところ、墓地使用権は地上の墓標所有権に付随するもので、墓標の存する限り両者は密接不可欠の関係にあるから、墓地使用権は、祭祀財産たる墳墓と一体視すべきものと解すべく、そうだとすれば、昭和30年8月当時においては本件祭祀財産の承継者は未だ定められていなかつたことからして、右名義書換は実体的な権利承継の裏付けのないまま行われた、一時凌ぎのいわば便宜上の措置というほかないものである。

 したがつて、本件により祭祀財産の承継者が抗告人Fと定められ、それが確定すると、現行の西宮市墓地斎場条例第6条により、同抗告人が満池谷の墓地使用権を承継し、同施行規則第9条により使用許可書(同規則第5条により交付されたもの。旧条例による場合は同条例施行細則第3条により交付された墓地使用券)を西宮市長に提出して書換えを受けることになると思われる。そのためには、墳墓の引渡しに代えて、相手方が所持していると認められる西宮市墓地使用券(第1691号)1枚を抗告人Fに引渡すことを命ずるのが相当である。
(村山明雄 堀口武彦 安倍嘉人)