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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

相続人

遺産分割協議数年後多額の債務が判明し相続放棄受理申述をする場合の注意

○相続が開始しても、相続開始を知った時から3ヶ月以内であれば、家庭裁判所に申述する方式で、相続の放棄が出来ます。死亡時から3ヶ月以内の相続放棄申述は、殆ど問題なく受理されますので、弁護士を代理人とする必要はありません。しかし、死亡時から3ヶ月過ぎて、「相続開始を知った時から3ヶ月以内」として相続放棄申述をする場合、本人申請では難しい場合もあります。典型例は、被相続人死亡時から数年後に、例えば宮城県信用保証協会から催告書が届き、初めて被相続人が多額の連帯保証債務を負っていたことを知った場合などです。

○この場合、被相続人に財産があり、既に遺産分割協議をして一部でも遺産を取得していると、いくら多額の連帯保証債務は全く知らなかったとしても相続放棄は出来ません。問題は、遺産分割をする遺産がなく遺産分割協議もしないままで被相続人の死亡を知って3ヶ月を経過し、以下の規定によりみなし承認となっていた場合です。
第921条(法定単純承認)
 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
(後略)


○県保証協会は、不良債権の連帯保証人が死亡した場合、死後5年以内で消滅時効完成ギリギリの時点で連帯保証人相続人に催告書を出すことが多く、死後4年過ぎて県保証協会から催告書が届き、或いは、訴えを提起された初めて被相続人の連帯保証債務を知る例は結構あります。この場合、相続は、被相続人死亡から既に3ヶ月を遙かに経過して、相続はみなし承認とされていますので、一般書式で相続放棄をしても家裁から受理して貰えません。「相続開始を知った時」とは「遺産としての債務を知った時」との裁判例に合致することを主張して且つ立証しなければならないからです。そこでその連帯保証債務を知らなかった経緯と事情について詳述した陳述書等を添付して相続放棄申述手続をしなければならず弁護士等専門家を依頼する必要が生じます。

○このような場合、自分は相続放棄をして、被相続人の遺産は全て長男が取得しているので、連帯保証債務も遺産を全て取得した長男が負うべきで自分には責任がないはずだと質問してくる方も居ます。しかし、遺産の取得割合と債務の相続割合は債権者に対しては原則として無関係です。債権者は、あくまで法定相続分に従って請求が出来ます。例えば被相続人として長男・二男の2人だけで法定相続分が各2分の1の場合、遺産分割協議で長男が全財産を取得していたとしても、二男は連帯保証人債務の2分の1について支払責任を負います。

○被相続人の遺産として不動産がある場合、登記手続には原則として長男と二男の間に長男がその不動産を取得するとの遺産分割協議書が必要です。この遺産分割協議をすることは、原則として相続の承認に該当します。従って相続放棄も許されなくなります。しかし、全く財産を取得しなかった二男が、財産を取得しないのに後に判明した借金だけを2分の1支払責任を負うのは、正に踏んだり蹴ったりと感じます。

○そこで、「民法第921条で単純承認とみなされない遺産分割協議」で紹介した平成10年2月9日大阪高裁決定(家月50巻6号89頁、判タ985号257頁)では、一部の相続人に遺産の全部を取得させる旨の遺産分割協議がなされた後、予期に反する多額の相続債務があった場合、分割協議が錯誤により無効となり、ひいては単純承認の効果も発生しないとみる余地があるとして、原審判を取り消して差し戻しました。

○ですから、遺産分割協議をしても、財産を全く取得していない場合はみなし承認にならず、相続放棄がなお可能な場合があります。しかし、このような場合、二男の代理人として相続放棄受理申述をする場合、登記手続の際、長男側から言われるままに、中身もよく確認しないままなんかの書面に判子を押した記憶があるが、てっきり相続を放棄する書面だと思っていたというような陳述書を作成したと説明すべきで、決して、遺産分割協議書を作成したとは言わない方が良いでしょう。