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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

後遺障害悪化による損害賠償請求を前訴既判力に抵触しないとした判例紹介

○交通事故に基づき後遺障害が残存したと主張して提起された損害賠償請求の訴え(前訴)について一部認容判決が確定した後に,後遺障害が悪化したと主張して提起された後遺障害に係る損害賠償請求の訴え(後訴)が,前訴確定判決の既判力に抵触しないとした平成29年10月25日東京地裁判決(判タ1451号194頁)の主文と判断部分を紹介します。

○交通事故の判決確定後に予想外に新たな後遺障害が「発生」した場合の新たな損害賠償請求は、別訴として当然に認められます。しかし同じ後遺障害が「悪化」した場合は、別訴とは認められないとの考えもありますが、本判決は前訴既判力に抵触しないとして再訴を認めました。しかし、後遺障害の悪化は認められないとして請求は棄却でした。

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主    文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,4209万円及びこれに対する平成27年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

         (中略)

2 当事者の主張
(1) 原告

ア 原告は,本件事故により,不全頚髄損傷,頚椎捻挫,頭部打撲,脳挫傷及び両肩関節打撲傷の傷害を負い,歩行困難(現在T字杖歩行にて移動,数十m歩行で1度休む),右上肢しびれ,両下肢痛(痛くて眠れないことあり)及び頚に針で刺したような痛みの自覚症状を残し,平成27年8月27日に症状固定した。

イ 原告の上記症状は,自賠法施行令別表第二(以下「別表第二」という。)第3級3号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの)に該当する。

ウ 原告には,後遺障害分として2219万円,後遺障害慰謝料として1990万円の損害(合計4209万円)が生じた。

エ よって,原告は,被告に対し,民法715条及び自賠法3条に基づき,4209万円及びこれに対する後遺障害等級変更日である平成27年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2) 被告
 原告の被告に対する本件事故に基づく損害賠償請求は,前訴判決によって解決済みであり,原告の本訴請求は既に解決した事件の蒸し返しである。
 仮に,原告の症状が前訴判決確定後に悪化しているとしても,それは本件事故前から存在する頚髄症の悪化であるから,本件事故との因果関係はない。原告の身体障害者手帳において,4級から3級に更新され,障害名も頚髄症であることは,その証左である。したがって,本件事故と原告の障害との間に因果関係はなく,被告は原告の損害を賠償する責任はない。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実,証拠(乙1,2のほか,後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故及び前件訴訟について,以下の事実が認められる。
(1) 原告(昭和12年○月○日生。男性。本件事故当時70歳)は,変形性頚椎症のため,平成2年4月5日から順天堂浦安病院に通院していた。平成19年3月24日,同病院での頚椎レントゲン検査の結果,第2,3及び4ないし7頚椎の前縦靭帯の高度の骨増殖が認められ,第5/6頚椎間の狭小化が認められた。同年4月19日,昭和大学附属豊洲病院で頚椎MRI検査が行われ,第3ないし第6頚椎の脊柱管は狭窄し,特に第3/4頚椎間と第5/6頚椎間は著しい狭窄を呈し,第5/6頚椎間の脊髄に輝度変化が認められた。以上の検査結果を踏まえて,原告は頚髄症と診断された。

(2) 原告は,平成19年7月17日から順天堂浦安病院に入院し,同月24日に頚椎C3-C6椎弓形成術の手術(以下「本件手術」という。)を受けた。同年8月7日,原告頚椎MRI検査が行われ,第3/4頚椎間の脊髄は上記手術前と同じく圧迫されたままで,第5/6頚椎間では上記手術前よりやや開大しているものの,狭窄が残っていた。原告は,同年9月9日,同病院を退院し,車を運転して帰宅した。この時点で,両手足にしびれがあり,やや痙性歩行であるが,独歩は可能であり,筋委縮はないが,知覚は鈍麻していた。

(3) 原告は,平成19年9月15日,福島県内で本件事故に遭い,搬送先の病院において,頭部CTで異常所見はなかったが,頚部痛,両手のしびれ及び巧緻障害が認められ,不全頚髄損傷,頚椎捻挫,頭部打撲,脳挫傷及び両肩関節打撲傷と診断され,入院となった。原告は,翌16日,順天堂浦安病院に転院したところ,肩関節痛,頭部痛があり,両下肢足背にしびれがあったが,神経学的な問題はなく,同病院の担当医は,基本的には本件事故前の症状と大きな変化はなく,除圧されており,さらに頚髄損傷のような症状が出ることは考えにくく,運動障害はないと判断した。同月18日,原告の頚椎MRI検査が行われた。その画像によると,頚椎管は開放されており,第3/4,第5/6頚椎レベルに脊髄軟化症があり,同レベルでの脊柱管狭窄は著しいものとされ,上記(2)の所見(同年8月7日に行われた頚椎MRI検査の所見)と画像上異なるものではなく,事故に起因すると思われる異常所見は認められなかった。原告は,同年11月1日,同病院を退院した。

(4) 順天堂浦安病院の担当医は,平成19年11月15日,傷病名につき頚椎捻挫(不全頚髄損傷),症状固定日につき同日,既存障害につき平成19年7月24日の頚髄症術後,自覚症状につき頚部痛,両上肢のしびれ,耳鳴り及び左頚部から下肢への痛み,他覚症状及び検査結果につき,上下肢とも深部腱反射亢進はない,筋力低下は認めない,両上肢に軽度知覚低下あり,JOA(頚髄症)合計10.5点,障害内容の増悪・緩解の見通しなどにつき,頚椎術後間もない事故のため,正確な判断は困難であるが,事故前後で上肢のしびれ,握力低下は増しているとの後遺障害診断書を作成した。同医師は,平成21年4月3日及び同年5月20日にも,症状固定日につき平成19年11月15日とする原告の後遺障害診断書を各作成した。 (乙5ないし7)

(5) 損害保険料率算出機構は,平成20年3月7日,上記(4)の後遺障害診断書上の原告の自覚症状について,自賠責保険の障害等級表上,本件事故後の障害が既存(本件事故前)の障害より重くなったとは捉え難いとして,加重に至らず非該当と判断した。 (乙8)

(6) 原告は,平成21年5月20日,車の助手席に乗っていたところ,追突事故に遭い,頚椎捻挫と診断された。 (乙9)

(7) 東京都は,平成21年8月18日,原告に対し,障害名を頚髄症による下肢機能障害【両下肢機能障害】,身体障害程度等級を4級とする身体障害者手帳を交付した。 (乙10)

(8) 原告は,本件事故前に本件手術により頚髄症の症状は改善していたところ,本件事故によって不全頚髄損傷,頚椎捻挫,頭部打撲,脳挫傷及び両肩関節打撲傷の傷害を負い,平成21年4月に頚部痛,両上肢のしびれ,耳鳴り,左頚部から下肢の痛み等の症状(以下「本件症状」という。)を残存して固定した,本件症状は別表第二第5級2号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当する後遺障害であると主張して,Bに対しては民法709条に基づき,被告に対しては民法715条及び自賠法3条に基づき,治療費等,通院交通費,休業補償,入通院慰謝料,後遺障害慰謝料(1400万円),後遺障害逸失利益(1295万0387円),慰謝料の加重(200万円)及び弁護士費用の総額4149万5764円及びこれに対する事故日である平成19年9月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める訴えを,東京地方裁判所に提起した(平成21年(ワ)第29007号損害賠償請求事件)。

 被告及びBは,原告が本件事故によって頚椎捻挫以外の傷害を負ったことを否認するなどし,本件症状は平成19年11月5日に固定した,本件症状と本件事故との間に因果関係はないなどと主張して原告の請求を争った。

 東京地方裁判所は,平成22年6月30日,原告が本件事故により頚椎捻挫,両肩関節打撲傷及び頭部打撲の傷害を負ったと認められるが,頚髄損傷及び脳挫傷の傷害を負ったとは認められない,症状固定日は平成19年11月15日である,客観的所見に照らすと,仮に本件事故後に原告の症状の悪化があるとしても,本件手術後に再度頚髄症が悪化していることによるものと考えられ,本件事故による後遺障害が残存したとは認められないなどと判断し,本件事故と相当因果関係のある原告の損害額(元本)について,治療費等109万1355円,通院交通費0円,休業補償0円,入通院慰謝料45万円,後遺障害慰謝料0円,後遺障害逸失利益0円,慰謝料の加重0円の小計154万円9755円から既払金76万0075円を控除した残損害額78万9680円に弁護士費用8万円を加えた86万9680円と認定し,原告に連帯して同金員及びこれに対する平成19年9月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うよう被告及びBに命じ,その余の請求を棄却する判決(前訴判決)を言い渡した。

(9) 原告は,前訴判決を不服として,上記(8)の請求の全部認容を求めて東京高等裁判所に控訴した(東京高等裁判所平成22年(ネ)第5142号)。
 原告は,控訴審において,第一審(上記(8))での主張に加え,本件事故によって外傷性脳損傷にり患し,本件症状により就労することが困難となった,この後遺障害は平成23年1月31日に症状固定をし,その程度は別表第二第5級2号に該当すると主張した。
 東京高等裁判所は,平成23年3月7日に口頭弁論を終結し,同年5月18日,控訴審での上記主張については原告が本件事故により(軽度)外傷性脳損傷にり患したとは認められないと判断したほか,前訴判決は相当であると判断して,控訴棄却判決を言い渡した。

(10) 原告は,上記控訴審判決を不服として,最高裁判所に上告したが(最高裁判所平成23年(オ)第1640号),最高裁判所は,平成23年10月25日,上告棄却決定をし,これにより前訴判決は確定した。(乙3,4)

2 検討
(1) 被告は,原告の本訴請求は既に解決した事件の蒸し返しであると主張するので,以下検討する。
ア 前記1の認定事実によれば,前件訴訟は,原告が被告及びBに対し,民法715条及び自賠法3条に基づき,本件事故によって原告に生じた後遺障害分の損害を含む人的損害の賠償を請求する訴訟であり,前記第2の1及び2に記載したとおり,本件訴訟は,原告が被告に対し,民法715条及び自賠法3条に基づき,本件事故によって原告に生じた後遺障害分の損害の賠償を請求する訴訟である。そうであれば,前件訴訟の請求権と本件訴訟の請求権は,本件事故によって原告に生じた人的損害につき,民法715条及び自賠法3条に基づく損害賠償請求権という一個の債権の一部を構成するものであると認められる。そして,前記認定のとおり,前件訴訟については前訴判決が既に確定している。

 このように,確定判決後に同一訴訟物の訴えが提起された場合,後訴(本件訴訟)は,前訴(前件訴訟)の確定判決の既判力に拘束されるというべきである。もっとも,前訴において,一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合には,前訴の訴訟物は,上記債権の一部の存否のみであって全部の存否ではなく,したがって,上記一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求には及ばないと解するのが相当である(最高裁判所昭和35年(オ)第359号昭和37年8月10日第二小法廷判決・民集第16巻8号1720頁)。

イ これを本件についてみると,前記1の認定事実によれば,原告は,前件訴訟において,本件事故によって不全頚髄損傷,頚椎捻挫,頭部打撲,脳挫傷(ないし外傷性脳損傷)及び両肩関節打撲傷の傷害を負い,平成21年4月に症状固定した別表第二第5級2号に該当する後遺障害である神経症状(本件症状)を残したと主張して,傷害分に加え,後遺障害分の損害の賠償を請求している。他方で,前記第2,2(1)に記載したとおり,原告は,本件訴訟において,本件事故によって不全頚髄損傷,頚椎捻挫,頭部打撲,脳挫傷及び両肩関節打撲傷の傷害を負い,平成27年8月27日に症状固定した別表第二第3級3号に該当する神経症状(歩行困難,右上肢しびれ,両下肢痛及び頚部痛)を残したと主張して,後遺障害分の損害の賠償を請求している。

 このように,原告は,前件訴訟において,平成21年4月に症状固定した神経症状(本件症状)が別表第二第5級2号の後遺障害に該当することを前提とする後遺障害分の損害の賠償を請求しており,後遺障害の特質に照らせば,これをもって原告が一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示していたと認めうるから,原告が,平成21年4月には本件症状が症状固定しておらず,つまり,その後に症状が悪化するなどし,平成27年8月27日に症状固定した別表第二第3級3号に該当する神経症状を残したと主張して後遺障害分の損害の賠償を請求する(本訴請求)ことが,直ちに確定した前訴判決の既判力に抵触して許されないとまでいうことはできない。

(2) そこで,原告が本件事故による傷害によって平成27年8月27日に症状固定した別表第二第3級3号に該当する神経症状を残したと認められるかについて,検討を進めることとする。
ア 前記1の認定事実によれば,原告は,本件事故によって頚椎捻挫,両肩関節打撲傷及び頭部打撲の傷害を負ったとは認められるが,頚髄損傷及び脳挫傷(ないし外傷性脳損傷)の傷害を負ったとは認められず,症状固定日は平成19年11月15日であり,客観的所見に照らすと,仮に本件事故後に原告の症状の悪化があるとしても,本件手術後に頚髄症が悪化していることによるものと考えられ,本件事故により後遺障害が残存したとは認められないものである。

イ これに対し,①本件事故により頚髄症の悪化を画像上認めるとする,東京慈恵会医科大学附属第三病院のC医師作成の診断書(甲3),②原告には歩行困難,右上肢しびれ,両下肢痛及び頚部痛の神経症状が残存しているとする,順天堂東京江東高齢者医療センターのD医師が平成28年6月24日に作成した後遺障害診断書(甲4),③東京都が,原告に対し,平成21年8月18日に交付して平成27年9月8日に更新した,障害名を頚髄症による体幹機能障害【歩行困難】,身体障害程度等級を3級とする身体障害者手帳(甲5)がある。

 しかし,①については,前記1の認定事実によれば,原告は,本件事故前(本件手術後)である平成19年8月7日と本件事故後である同年9月18日に頚椎MRI検査を受けたところ,事故後の画像所見は,事故前の画像所見と異なるものではなく,事故に起因すると思われる異常所見は認められなかったものであるから,上記C医師の診断書だけをもって直ちに上記認定が覆るとはいえない。

②については,上記D医師の後遺障害診断書では,症状固定日が空欄になっており(甲4),これをもって原告の症状が平成19年9月15日には症状固定していなかったことや,平成27年8月27日に症状固定したことを裏付けるものではない。

③については,平成21年8月18日の交付時には障害名を頚髄症による下肢機能障害【両下肢機能障害】,身体障害程度等級を4級とされている(前記1(7))のに対し,平成27年9月8日の更新時には障害名を頚髄症による体幹機能障害【歩行困難】,身体障害程度等級を3級とされていること(甲5)からは,原告の症状が悪化したことが推認できるものの,前記認定のとおり,原告は本件事故前から頚髄症にり患しており(前記1(1)),本件事故によって頚髄損傷の傷害を負ったとは認められないこと(上記ア)からすれば,これは原告の頚髄症の症状が悪化したことによるものと認められる。また,原告の症状が身体障害者福祉法ないし東京都身体障害者手帳に関する規則上の身体障害程度等級が3級(体幹の機能により歩行が困難なもの)とされたからといって,それが直ちに別表第二第3級3号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの)に該当することを推認させるともいえない。これらの他に,原告が本件事故による傷害によって平成27年8月27日に症状固定した別表第二第3級3号に該当する神経症状を残したことを認めるに足りる証拠はない。

ウ したがって,原告が本件事故による傷害によって平成27年8月27日に症状固定した別表第二第3級3号に該当する神経症状を残したとは認められない。

(3) なお,原告は,本件訴訟の第1回口頭弁論期日(平成29年9月13日)において,被告代表取締役(当時)が,本件事故後に順天堂浦安病院に見舞いに訪れた際に,原告に「ちゃんと保障します。」と約束したことを履行してほしい旨を述べており,これをもって原告が本件事故によって生じた人的損害を被告が賠償する旨の契約が口頭で締結されたと主張していると解する余地があるが,被告代表取締役が上記の発言をしたことを認めるに足りる証拠はないし,仮に上記の発言をしたとしても,これをもって直ちに原告が主張するような契約が締結されたとは認められないから,採用できない。

3 結論
 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第27部 (裁判官 吉岡透)