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交通事故重要判例

弁護士費用特約に関する平成27年11月19日長野地裁諏訪支部判決紹介全文紹介

○弁護士費用特約に関する重要判例として平成27年11月19日長野地裁諏訪支部判決全文を紹介します。


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主  文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,121万円及びこれに対する平成26年12月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は,被告との間で弁護士費用特約付きの自動車総合保険契約を締結した原告が,同特約に基づき,交通事故の損害賠償請求訴訟を委任した弁護士に対する着手金等121万円について,保険金の支払を求める事案である


2 前提事実
(1) 原告は,被告との間で,原告を被保険者とする個人用自動車総合保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。本件保険契約には,次のアないしウの内容の弁護士費用特約が付されていた(以下「本件特約」という。)。(乙2)
ア 第1条(保険金を支払う場合)
 被告は,この特約により,日本国内において発生した偶然な事故により,次の①から③までのいずれかに該当する被害が生じたこと(以下「被害事故」という。)によって,保険金請求権者が賠償義務者に対し被害事故にかかわる法律上の損害賠償請求を行う場合に,保険金請求権者が弁護士費用等を負担することによって被る損害に対して,弁護士費用保険金を支払う。
① 賠償義務者が自動車を所有,使用又は管理することに起因する事故により,次の(ア)又は(イ)のいずれかに該当すること。
(ア) 被保険者の生命又は身体が害されること。
(イ) 被保険者が所有,使用又は管理する財物が滅失,破損又は汚損されること。
② ①のほか,被保険者が自動車に搭乗中に,次の(ア)又は(イ)のいずれかに該当すること。
(ア) 被保険者の生命又は身体が害されること。
(イ) 被保険者が所有,使用又は管理する財物(被保険者が搭乗中の自動車に積載中の財物に限る。)が滅失,破損又は汚損されること。
③ ①及び②のほか,契約自動車又は契約自動車以外の被保険者が所有する自動車が滅失,破損又は汚損されること。

イ 第10条(保険金の請求)
 被告に対する保険金請求権は,保険金請求権者が弁護士費用等及び法律相談費用を支出した時から発生し,これを行使することができるものとする。

ウ 「弁護士費用等」の定義
 損害賠償に関する争訟について,弁護士,司法書士,行政書士,裁判所又はあっせんもしくは仲裁をおこなう機関に対して支出した弁護士報酬,司法書士報酬,行政書士報酬,訴訟費用,仲裁,和解もしくは調停に要した費用又はその他権利の保全もしくは行使に必要な手続きをするために要した費用をいう。ただし,被告の同意を得て支出した費用にかぎり,法律相談に必要な費用を除く。

(2) 原告は,平成25年4月8日,自動車を運転して,上伊那郡辰野町大字赤羽363番地先路上において,前車に続いて停車していたところ,B運転の自動車に追突された(以下「本件事故」という。)。

(3) 原告は,平成26年10月,本件事故による損害賠償請求を,原告訴訟代理人弁護士に委任し,その旨を被告に通知した。

(4) 原告は,平成26年12月17日,原告訴訟代理人弁護士を訴訟代理人として,Bに対する損害賠償請求の訴えを長野地方裁判所諏訪支部に提起した。
 原告は,訴えの提起にあたり,原告訴訟代理人弁護士との間で,弁護士費用のうち着手金等について,着手金100万円,消費税8万円,訴訟費用13万円とすることを合意した(この合意された費用を以下「本件着手金等」という。)。

(5) 原告訴訟代理人弁護士は,平成26年12月17日,被告に対し,本件着手金等121万円について保険金支払を請求した。
 これに対し,被告の担当者は,着手金についての保険金としては30万円を支払うこと,判決や和解で原告の主張が認められた場合には,報酬金精算時に不足分等の調整をしたいことを申し入れたが,原告訴訟代理人弁護士はこれに応じなかった。

3 争点及び当事者の主張
 本件争点は,①本件特約において保険金支払の対象となる弁護士費用等を被告の同意を得たものに限っていることが消費者契約法10条,民法134条又は信義則違反により無効であるか,②上記①において無効でないとしても,本件着手金等121万円について被告が同意しないことが裁量を逸脱するものであるか,③本件特約第10条につき,保険金請求権者が費用を現実に支出しなくとも費用の債務負担があれば保険金請求権が発生するかであり,当事者の主張は次のとおりである。

(1) 本件特約において保険金支払の対象となる弁護士費用等を被告の同意を得たものに限っていることが消費者契約法10条,民法134条又は信義則違反により無効であるかについて
ア 原告の主張
(ア) 消費者契約法10条及び信義則違反による無効
 原告は,本件事故の相手方が主張する後遺障害等級を不服として損害賠償請求訴訟を提訴したのであるが,被告は,本件特約がこのような提訴を支援するものとして原告を勧誘したのであり,原告の提訴を支援すべき立場の被告が,原告主張の損害額が高額に過ぎるとして弁護士費用保険金を支払わないのは不合理である。

 また,本件特約は,弁護士費用等を負担することを偶然の事故として,これによる損害を補填する保険契約というべきであるが,これによる保険金の支払に被告の同意という条件を課すことは,偶然の事故により保険金を支払うという損害保険契約の本質に反する。そして,消費者はこのような不利益な内容の約款であっても保険会社に対してその変更を求めることはできず,弁護士費用が補填されるか分からなければ消費者は弁護士へ委任して司法救済を求めることについて萎縮的になってしまう。このように,被告の同意という条件を課すことは,消費者の保険金請求権を制限し,消費者に同意を得る義務を加重するものであり,民法の信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものである。

 このようなことから,本件特約において保険金支払の対象となる弁護士費用等を被告の同意を得たものに限ることは消費者契約法10条及び信義則違反により無効である。

(イ) 民法134条による無効
 保険金支払の対象となる弁護士費用等が被告の同意を得たものに限られるのであれば,保険金の支払が被告の意思のみに係ることになる。そこで,民法134条によって,同意という条件が無効になるというべきである。

イ 被告の主張
(ア) 消費者契約法10条及び信義則違反による無効の主張に対して
 本件特約における「事故」は弁護士費用等を負担することを意味するのではなく普通保険約款でいうところの事故と同じである。また,弁護士費用等について無条件に保険金を支払うことは,保険の健全性に反するとともに,無用な訴訟や紛争を招来して訴訟経済を害することになるから,保険金の支払に保険会社の同意を要するとしていることには合理性があり,消費者契約法10条に当たるものではないし,信義則に反するものでもない。

(イ) 民法134条による無効の主張に対して
 本件特約は,弁護士費用等の定義として同意を要件とし,保険金支払の要件としては他の要件も定めている。また,被告は直ちに同意しない場合でも誠実な協議による解決を目指しているのであり,本件特約は被告の意思次第で履行しなくても良いというものではない。

(2) 本件着手金等121万円について被告が同意しないことが裁量を逸脱するものであるかについて
ア 原告の主張
 後遺障害等級に争いがある場合の損害賠償請求は,被害者が泣き寝入りをしないために弁護士に委任する必要性が高く,本件特約による保険金請求にあたり後遺障害等級を立証しなければならないとするのは,被害者を救済するという本件特約の趣旨に反するから,被告が,原告主張の後遺障害等級に合理性がないとして保険金支払を拒むことは許されない。そして,本件着手金等は長野県弁護士会報酬基準に沿って合意されたものである上,被告が主張する日弁連リーガル・アクセス・センターの「弁護士保険における弁護士費用の保険金支払基準」(以下「LAC基準」という。)によっても相当な額であるから,被告がこれに同意しないことは不合理である。

イ 被告の主張
 損害保険料率算出機構が原告の後遺障害等級を14級と認定したにもかかわらず,10級が相当であることを裏付ける客観的な資料が原告から示されず,同等級を前提に2973万円もの請求をする合理的根拠が確認できなかったのであり,同請求額に基づいて算出された本件着手金等の保険金請求に合理性,相当性があるとは言い難かった。そのため,被告は,LAC基準を一つの指標としながら,着手金について30万円の保険金を支払った上で損害賠償請求訴訟の帰趨を見守りながら協議して不足分については報酬額で調整することを提案したのであり,これは裁量の範囲内の判断である。

(3) 本件特約第10条につき,保険金請求権者が費用を現実に支出しなくとも費用の債務負担があれば保険金請求権が発生するといえるかについて
ア 原告の主張
 弁護士費用の現実の支払がなければ保険金請求できないとすると,資力のない被害者は借入などで資金調達しなければならず,借入ができない場合には泣き寝入りをせざるを得なくなる。これは本件特約の趣旨に反するから,保険金請求権の発生には,保険金請求権者が費用の債務負担をすることで足りると解するべきである。現実の運用としても,弁護士費用が未払であることを前提に保険金の支払がされることがほとんどである。

イ 被告の主張
 本件特約第10条には,弁護士費用を「支出した時」と明確に規定されており,これを債務負担したときなどと解釈する余地はない。原告が現実の運用として主張するものは,保険会社と被保険者と弁護士との三者間の合意によりなされているにすぎない。

第3 当裁判所の判断
1 前記第2の2前提事実並びに証拠(事実中に記載したもののほか,甲2,4ないし6,9)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 本件事故による原告の後遺障害について,損害保険料率算出機構は,頚部から両肩の痛みに関して局部に神経症状を残すものに該当するとして14級と認定する一方,頚椎部の運動障害については後遺障害に該当しないとした。

(2) 本件事故の相手方であるBが加入していた保険の保険会社は,原告に対し,平成26年10月頃,後遺障害等級14級を前提として損害賠償金186万9337円を支払うことを提示した。

(3) 原告は,上記(2)の提示について,後遺障害等級が低いことなどから同提示額には納得できず,原告訴訟代理人弁護士に相談した。原告と原告訴訟代理人弁護士は,カルテ等を収集するなどして打合せをし,その結果,原告の後遺障害は,脊柱に運動障害を残すものとして8級に該当する後遺障害であると考えて,本件事故による損害賠償請求の訴えを提起することとした。同訴えにおいて,原告は,後遺障害等級10級を前提に算出した損害賠償額2973万8107円の支払を求めた。

 原告訴訟代理人弁護士は,同訴えの提起にあたり,長野県弁護士会報酬基準(同基準は本件当時既に廃止されていたが,原告訴訟代理人弁護士はこれを合理性ある基準として廃止後も参考にしていたものである。)を参考にして着手金159万円と算定した上で,これを100万円に減額することとし,消費税8万円,訴訟費用13万円とあわせて,本件着手金等121万円とすることを原告と合意した。

(4) 原告訴訟代理人弁護士は,平成26年12月17日,被告に対し,本件特約に基づき本件着手金等121万円についての保険金支払を求めた。
 これに対し,被告の担当者は,原告訴訟代理人弁護士に対し,着手金についての保険金としては30万円を支払うこと,判決や和解で原告の主張が認められた場合には,報酬金精算時に不足分等の調整をしたいことを申し入れたが,原告訴訟代理人弁護士はこれに応じなかった。被告の担当者がこのような申入れをした理由は,次のようなものであった。すなわち,被告においては,保険金支払の対象となる弁護士費用等として相当なものであるかを判断するに際し,LAC基準(内容は次の(5)のとおり)を一つの指標にしていたところ,被告の担当者は,原告の後遺障害について損害保険料率算出機構が後遺障害等級を14級と認定しているにもかかわらず8級や10級に相当する後遺障害があることを示す資料がなく,後遺障害等級10級を前提に算出された損害賠償額により計算された着手金額に合理性を見出しがたく,上記保険金請求にそのまま同意することはできないと考えたものの,訴訟の結果で14級より上位の後遺障害等級が認められた場合には報酬金額において着手金額の不足分を調整することはできると考えたためであった。
 原告訴訟代理人弁護士は,被告からの上記申入れには応じられないとして,本件訴えを提起した。

(5) LAC基準等について
 被告は,日本弁護士連合会との間で,弁護士保険(権利保護保険)の制度運営に関する協定書(乙3)を締結しており,同協定書7項は,被告が弁護士報酬についての保険金の支払につきLAC基準を尊重することを定めている。
 LAC基準は,弁護士報酬を保険金によって賄うことができる制度について,報酬の支払が円滑になされることが重要な要素であるとして,弁護士報酬に関する状況を理解している弁護士会が関与して,保険金支払に関して問題がない報酬の範囲の基準として作成されたものであり,また,保険金支払に関しては最低でもLAC基準を尊重した支払が期待されるものとして作成されたものである。そして,LAC基準では,着手金の計算方法については,依頼時の資料により計算される賠償されるべき経済的利益の額(既払金,保険会社からの事前支払提示額等は控除する。)を基準とすることが示されている(乙4)。

2 本件特約において保険金支払の対象となる弁護士費用等を被告の同意を得たものに限っていることが消費者契約法10条,民法134条又は信義則違反により無効であるかについて
(1) 本件特約は,偶然な事故により前記第2の2(1)ア①ないし③記載の事故被害が生じた場合に,その損害賠償請求についての弁護士費用等に対して保険金を支払うことを内容とするものであるところ,ここにいう偶然な事故は,前記第2の2(1)ア①ないし③記載の事故の偶然性をいうものであると解されるから,偶然な事故が弁護士費用等を負担することを指すことを前提とする原告の消費者契約法10条に関する主張は採用できない。そして,本件特約において保険金支払の対象となる弁護士費用等について被告の同意を得たものに限っているのは,保険金支払の対象として適正妥当な範囲を被告において確認して保険金支払をその範囲に限るためのものであると解されるところ,このことが,法律の任意規定の適用による場合に比し消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重することになるというべき理由を見い出すことはできないし,消費者の利益を一方的に害することになるともいえない。よって,消費者契約法10条には該当しない。

(2) 次に,民法134条は,債務者の意思のみに係る停止条件が付された法律行為を無効とする規定であり,付された随意条件のみを無効とするものではないから,同条をもって同意の要件のみを無効とすることはできないし,また,本件特約については債務者の意思のみに係る停止条件が付されているともいえない。よって,民法134条についての原告の主張も理由がない。

(3) 以上のほか,本件特約において保険金支払の対象となる弁護士費用等を被告の同意を得たものに限っていることが信義則に反するというべき事情も見当たらないから,これが無効であるということはできない。

3 本件着手金等121万円について被告が同意しないことが裁量を逸脱するものであるかについて
 前記1(5)のとおり,本件特約について被告は日本弁護士連合会との間の協定においてLAC基準を尊重することを表明しているのであるから,本件特約において被告が保険金支払の対象となる弁護士費用等としての同意を検討するに当たっては,LAC基準を尊重した検討が求められているということができ,また,LAC基準が保険金支払に関して問題がない範囲の基準を示すものとして弁護士会関与の基で作成されたものであることからすれば,LAC基準を尊重した検討は基本的には合理性を有するものといえる。

 本件では,前記1(1),(3)及び(4)のとおり,原告は,損害保険料率算出機構が後遺障害等級を14級と認定している中で,10級を前提に算出した損害賠償額を主張するものであるが,同主張の根拠となる資料が被告に示されず,被告において,本件着手金等の額について,依頼時の資料により計算される賠償されるべき経済的利益の額を基準とするLAC基準に沿うものであることが確認できなかったものである。そして,被告は保険金支払に全く応じないと回答しているわけではなく,着手金としては30万円分について同意して訴訟の経過を見ながら不足分があれば報酬額で調整することを提案しているのであり(前記1(4)),同申入れ内容や,上記のとおりのLAC基準による本件着手金等の検討状況に鑑みれば,被告が本件着手金等を保険金支払の対象となる弁護士費用等として同意しないことが不合理であるとはいえず,その裁量を逸脱するものとはいえない。

4 以上で検討したところによれば,被告は同意していない本件着手金等について保険金の支払義務を負うものではない。
 よって,その余については検討せずとも原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 (裁判官 望月千広)