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交通事故重要判例

第14級で50%逸失利益を認めた平成27年2月27日札幌地裁判決紹介2

○「第14級で50%逸失利益を認めた平成27年2月27日札幌地裁判決紹介1」を続けます。


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エ 当裁判所の判断
(ア) 前提となる事実(前記第二の2)、休業損害についての当裁判所の認定

判断(前記(5)エ)、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
a 原告甲野は、自賠責保険の後遺障害認定において、①骨盤骨折後の腰仙部痛につき、骨折部の骨癒合は良好に得られており、訴えの症状を裏付ける有意な医学的所見も認められないことから、局部に神経症状を残すもの(14級9号)と認定され、②右橈尺骨骨折後の右手関節痛につき、骨折部の骨癒合は得られており関節面の不整も認められず、訴えの症状を裏付ける有意な医学的所見も認められないことから、局部に神経症状を残すもの(14級9号)と認定された。右前腕・手関節の可動域制限については、後遺障害診断書に記載の可動域制限の程度から、自賠責保険における後遺障害には該当しないと判断された。

 また、③右第2中手骨骨折後の右手部痛につき、骨折部の骨癒合は得られており関節面の不整も認められず、訴えの症状を裏付ける有意な医学的所見も認められないことから、局部に神経症状を残すもの(14級9号)と認定された。右第2指の可動域制限については、後遺障害診断書に記載の可動域制限の程度から、自賠責保険における後遺障害には該当しないと判断された。なお、左下肢痛の訴えについては、本件事故と相当因果関係を有し、その存在が医学的に認められる障害と捉えることは困難であるとして、自賠責保険における後遺障害には該当しないと判断された。その結果、併合14級と認定された。

 原告甲野は、自賠責保険の後遺障害認定としても、神経系統の機能又は精神に障害を残して労務が制限される等として、より上位の後遺障害等級が認定されるべきであると主張するが、それを認めるに足りる的確な証拠はない。

b 原告甲野は、もともと運動神経がよく、昭和52年にダンスのプロ試験に合格し、Hダンス教室(当時の経営者は原告甲野の夫の兄)でダンス指導を始め、競技大会プロの部にデビューした。その後、L大会で何度も優勝する等好成績を收めた。昭和58年には公安委員会公認の1級試験委員及び1級講師の資格を取得した(L大会で審査委員長を務めることなどができる)。昭和62年からFダンススタジオ(なお、法人としてのダンス会社の成立は平成元年)で指導を始め、平成2年に現役を引退し、本格的にレッスンプロとして指導を行うようになり、現役のプロダンサーを何十組も指導し、その何組かを決勝に出場させ、また、年2回くらいダンス競技会の審査委員長や審査委員を務めたりしていた。

c ダンスは、上肢、下肢のみならず、上体全体、下半身全体も上下動、左右動、旋回、ねじり等でリズミカルに激しく動かし、その姿勢の美しさ、動きのリズム感、優雅さ等が美的審査の対象となるもので、相当激しい全身運動をするスポーツである。パートナーと組む際は、ホールドという姿勢(上肢を肩の位置まで挙げ、そのまま肘を伸ばして水平に保つ状態。)を保ち続ける必要がある。

d 原告甲野は、インストラクターとして、1人当たり約1時間、1日に何人もの受講者を指導していたが、実際、受講者の相手役としてダンスをしながら指導するため、1日に数時間も、ホールドの姿勢を保つなどしてダンスをしていた。こうした指導方法は受講生に対して非常に効果的な指導方法であるのに対し、口頭の指導だけでは十分な手本を示すことができないため、受講生が離れる原因となる。実績のある原告甲野が受講生の相手方を務めながら実技指導するという指導方法やダンスパーティー(前記(5)エで認定判断したダンスパーティー)での原告甲野のデモンストレーションの披露がダンス会社の受講生の募集、維持に一定の貢献をしていた。

e 現在、原告甲野は、①左仙骨骨折と右仙腸関節離解に対してスクリューとプレートによる固定を行った骨盤が柔軟性を欠き、十分な可動性を発揮できず、股関節の内旋可動域にも制限があり、骨盤と下肢との間の十分な回旋も行えない状態で、筋力低下も加わっていること、②右上肢につき、右橈骨遠位端骨折、尺骨遠位端骨折に対してプレート固定術が施行され、右前腕回内、同回外が制限されていること、③本件事故により骨折等の損傷を受けていない部位についても、8ヶ月の入院を要する治療過程における安静臥床と活動低下、ダンサーとして復活するための訓練ではなく、日常生活動作の獲得を優先するリハビリがされたことにより、頸部、体幹(胸腰部)の可動域制限、筋力の低下が見られ、肩関節にも拘縮が生じ、可動域制限が生じたこと等により、プロダンサーとして行えていた各種の動作と姿勢保持を行うことができなくなっており、今後、それらの運動機能を回復することは難しい状態である。

f 原告甲野は、症状固定後も前記eのような状態であり、受講生の相手方としてダンスをしながら指導することができない。そうした指導方法が採れないために、原告甲野が担当していた受講生はほとんど他のダンススクールに移籍する等してダンス会社での受講を止めてしまい、原告甲野が口頭でダンス指導をして売上を上げるということもできない。現在は、原告甲野の夫が1人でダンス会社でダンスの指導を行っているが、原告甲野はダンス会社のスタジオに出入りもしていない。また、ダンスパーティーも原告甲野が参加できず、夫だけで開催しても費用倒れになるおそれもあることなどから、本件事故後は開催していない。

 ダンス会社の売上高(会社の決算報告書に計上されている分)は、平成21年が1045万8500円、平成22年が727万8600円であったところ、本件事故のあった平成23年が481万1600円、平成24年が400万5300円であって、売上高の減少には原告甲野がダンス指導をできなくなったことも相当程度影響しているものと推認される。平成23年以降は原告甲野に対しても、夫に対しても役員報酬は支給されていない。

 夫1人の売上げで夫婦の生活費を得るのはぎりぎりの状態であり、原告甲野夫婦は、本件事故後、家賃がより低額の住居に転居した。また、原告甲野は、生活費を得るため、平成24年11月頃から弁当のおかずを作る工場(J会社)でアルバイトとして夜10時から翌朝6時まで深夜勤務をしたが、手に力が入らず、指先を細かく使えないため、食材を焼く作業はできず、おかずを並べる作業のみを行った。そこでは、仕事が覚えられず、叱責を受けるなどして1ヶ月で退職し、月13万円程度の給料を得た。その後、原告甲野は、平成25年3月からK会社の工場で夕方4時から夜10時まで食品を包装する仕事をしたが、作業台に向かって立ち通しの作業はプレートで固定した腰への負担は重く、また、右手も不自由であったため、他の者に比べて作業の能率が明らかに悪く、年下の者から愚図等と言われ、さらには清掃のみをさせられるようになり、精神的にもつらくなり、平成26年4月に退職した。そこでの給料は月9万円程度であった。原告甲野は、その退職時点で逆流性食道炎、自律神経失調症(神経症)、不眠症で就労が困難な状態であると診断され、雇用保険を受給しており、今後体調がよくなれば、就職したいと考えているが、これまで働いた工場での仕事は体力的にもきつく相当の負担がかかるし、パソコンで就職先をさがして見ても、60歳を過ぎているという年齢の問題もあり、清掃の仕事くらいしか見つかりそうにないといった状態である。上記のような身体の状態は日常の家事労働にも一定の支障を及ぼしている。

(イ) 上記認定事実に基づいて判断する。
a 自賠責保険の後遺障害の認定において準ずるものとされる労災制度における「労働能力」の概念については、一般的な平均的労働能力をいうものであって、労働者の年齢、職種、利き腕、知識、経験等の職業能力的諸条件については、障害の程度を決定する要素とはなっていない(昭和50年9月30日付労働省労働基準局長通達(基発565号))ところであり、自賠責保険の後遺障害認定もこうした観点から行われている。原告甲野が認定を受けた併合14級であれば、原告甲野の個別的な職業能力的諸条件を考慮しない一般的な平均的労働能力として見た場合には、労働能力喪失率は5%として運用されている。

 しかし、不法行為による損害賠償は、当該被害者に具体的に生じた不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであるから、当該被害者の上記の職業能力的諸条件を具体的に検討した上で労働能力喪失率を判断する必要がある。その検討の結果として、自賠責保険の後遺障害の一般的な労働能力喪失率と一致する場合も多いであろうが、この一般的な労働能力喪失率を形式的、画一的に適用すべきものではない。

 また、上記の不法行為制度の目的に照らすと、収入の減少の程度も労働能力喪失率を判断する重要な考慮要素になるというべきであり、特に、後遺障害により事故前の職業を継続することが不可能になったものの、被害者の年齢からして、再就職できる職種も限られ、他の職業で事故前と同等の収入を得ることは難しく、将来にわたり事故前と比較して相当の経済的不利益を受け続けるという事情がある場合には、その点も十分に考慮しなければ、被害者を不法行為がなかったときの状態に回復するという制度目的に反することになる。


 以上の観点を踏まえて、原告甲野の労働能力喪失率について検討する。

b 原告甲野の後遺障害は、一般的な平均的労働能力を想定した自賠責保険の後遺障害認定においては、併合14級(労働能力喪失率5%)であるものの、①原告甲野が、ダンスのインストラクターとして、受講生の相手方となってダンスをしながら実技指導を行い、それによってダンス会社の売上げに貢献し、その労務対価として年300万円の収入を得ていたところ、後遺障害によって、そうしたインストラクターとしての活動が不可能になっていること、②原告甲野は、本件事故後、インストラクターを諦め、生活費を得るために他の仕事に就いて働いたものの、体力的にきつい部分もあるなどして長続きはせず、収入としても年300万円と比較して大幅に少ない収入しか得られておらず、症状固定時61歳という年齢からして、今後も条件のよい就職先が見つかる可能性は乏しいことからすれば、原告甲野は、将来にわたり事故前と比較して相当の経済的不利益を受け続ける蓋然性があるものと認められる。

 このような事情や前記(ア)で認定した後遺障害の程度等の諸事情を考慮すれば、原告甲野の労働能力喪失率は、年収355万9000円を前提として50%と認めるのが相当である(なお、この点は、プロの競技ダンサーの労働能力ではなく、原告甲野が本件事故前に行っていた実技指導を中心とするダンスのインストラクターとしての労働能力を前提として検討した結果である。)。


c 労働能力喪失期間については、ダンスのインストラクターは、高齢になっても続ける例もあることは認められるものの、症状固定時である平成24年の簡易生命表<女>61歳の平均余命27.42年の2分の1を目安として、13年(74歳)を超える労働能力喪失期間を認めるまでの事情は認められない。
 以上を前提とすれば、原告甲野の逸失利益は、1671万5911円となる。
 355万9000円×0.5×9.3936=1671万5911円(9.3936は13年のライプニッツ係数)

(7) 後遺症慰謝料 400万円(請求額1253万円)
 前記認定の自賠責保険で認定された後遺障害の等級、ダンスインストラクターを前提とした労働能力喪失の程度、原告甲野が長年携わってきたダンスのインストラクターとして稼働できなくなり、他の仕事で相当の苦労を余儀なくされること等本件における一切の事情を考慮し、上記額が相当と判断した。

(8) 小計 3841万3380円

(9) 過失相殺(7割)後 1152万4014円

(10) 既払金控除後 1028万7214円
ア 平成24年6月4日 自賠責保険金120万円支払(争いなし)
 その充当後の残額 1079万5351円
 (計算根拠)
(ア) 平成23年8月11日から平成24年6月4日までの遅延損害金 47万1337円
 (計算式)
 平成23年8月11日から同年12月31日 143日
 1152万4014円×0.05×143/365=22万5744円
 平成24年1月1日から同年6月4日(閏年) 156日
 1152万4014円×0.05×156/366=24万5593円
 22万5744円+24万5593円=47万1337円

(イ) 自賠責保険金120万円はまずこの遅延損害金に充当され、残額72万8663円が元本に充当される。
 1152万4014円-72万8663円=1079万5351円
イ 平成24年11月15日 自賠責保険金(後遺障害分)75万円支払
 その充当後の残額 1028万7214円
(計算根拠)
(ア) 平成24年6月5日から同年11月15日までの遅延損害金 24万1863円
(計算式)
 平成24年6月5日から同年11月15日(閏年) 164日
 1079万5351円×0.05×164/366=24万1863円

(イ) 自賠責保険金75万円はまずこの遅延損害金に充当され、残額50万8137円が元本に充当される。
 1079万5351円-50万8137円=1028万7214円
 この充当処理の結果、原告甲野が本件請求で請求可能な遅延損害金の始期は平成24年11月16日からとなる。

(11) 弁護士費用
 103万円(請求額 他の請求額合計の10%)
 本件事案の性質、認容額等の諸事情を考慮して被告乙山に賠償させるべき弁護士費用としては上記額が相当と判断した。

(12) 弁護士費用加算後の総合計 1131万7214円

3 争点3 B事件原告保険会社の求償可能額及び被告乙山の損害額
(1) 前提となる事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告乙山は、本件事故でその所有する乙山車が損傷したことにより、修理費用42万7025円の損害を被った。

イ B事件原告保険会社は、被告乙山との間で締結した自動車保険契約(平成23年3月3日16時発効)に基づき、同年9月8日、車両保険金として、上記損害のうち免責分5万円を除いた37万7,025円を被告乙山に支払った。

(2) 上記認定事実に基づいて判断する。
ア B事件原告保険会社の求償可能額 26万3917円(請求額認容)
 B事件原告保険会社は、車両保険金を支払ったことで、被告乙山が原告甲野に対して有する損害賠償債権について被告乙山に代位する(保険法25条)が、争点1で判断したとおり、被告乙山の過失割合は3割であるから、支払額の7割である26万3917円を原告甲野に対して求償請求できる。

イ 被告乙山の損害額 3万5000円(請求額認容)
 被告乙山は、自己負担となる免責分5万円の7割である3万5000円を原告甲野に対して請求できる。

4 以上によれば、原告甲野の請求は主文第1項記載の限度で理由があるが、その余の請求は理由がなく、B事件原告保険会社及び被告乙山の請求は全部理由があるから、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成27年1月16日)

   札幌地方裁判所民事第3部 裁判官 藤澤孝彦