本文へスキップ

小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

人身傷害補償担保特約

人身傷害保険に関する平24年6月7日大阪高裁判決理由部分全文紹介2

○「人身傷害保険に関する平24年6月7日大阪高裁判決理由部分全文紹介1」の続きです。


****************************************************

(ウ) 本件人身傷害補償特約第11条第1項の限定解釈が可能か
a 被控訴人らの主張

 被控訴人らは、一般論①~⑥の事実(前記第二の五(2)ア(ア)b(b)①~⑥)及び本件の特殊性(前記第二の五(2)ア(ア)b(c))に照らせば、本件のように加害者からの賠償金の支払が先行した場合には、本件計算規定①の約款のうち、保険金額から控除すべき金額に関する人身傷害補償特約第11条第1項の定めを限定解釈し、差し引くことのできる金額は、裁判基準損害額を確保するという「保険金請求権者の権利を害さない範囲」のものと解釈するのが相当であると主張する。

b 被控訴人ら主張①の検討
(a) 被控訴人らは、人傷保険は、被害者(被保険者)が既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有しているから、加害者の損害賠償とは関わりなく支払われるべきである旨主張している。

(b) しかしながら、これは暴論であって、本件人傷保険が実損填補型の傷害保険である以上、被害者(被保険者)が既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有しているとしても、被害者(被保険者)が実損以上の保険金の支払を受けられない(賠償金と保険金の二重取りは許されない)のは当然であって、被控訴人らの上記主張は採用できない。

c 被控訴人ら主張②の検討
(a) 被控訴人らの主張

 被控訴人らは、本件人傷保険のパンフレット(丙四)には、人傷保険金を賠償金より先に受領するかどうかで、受取金額が変わるなどの説明記載はなく、被害者の過失割合分の損害を賠償する保険であることが強調されている旨主張している。

(b) 検討
① しかしながら、人傷保険のパンフレットに、被控訴人らが主張するような手続の細部まで記載される必要があるのかが、そもそも疑問である。
 そして、交通事故に遭遇した被害者(被保険者)が加害者に対する損害賠償請求を先行させるのか、人傷保険の保険金請求を先行させるのかの判断は、あくまで被保険者に委ねられているし、本件計算規定①(本件人身傷害補償特約第11条)には、人傷保険金から控除されるべき金額が明示されている。

② そもそも、人傷保険は、被害者に事故の過失がある場合でも、過失割合分も含めて簡易迅速に保険金を支払うことをうたっているものであるから、被害者(被保険者)にとって、先に人傷保険の保険金請求手続を行うのが通例であると考えられる。

 人傷保険が広く普及している今日においても、裁判上において、人傷保険金と賠償金の関係が争われている事例のほとんどが、被害者の加害者に対する損害賠償請求訴訟において、人傷保険会社の代位取得の範囲をどのように考えるかという事案であることを考慮すると、実務上もそのような対応を採っている被害者(被保険者)が大多数であると推察される。

③ それゆえ、保険会社のパンフレットに被控訴人ら主張の内容が記載されていないことが、被害者に混乱を与えているとは認め難い。

d 被控訴人ら主張③の検討
(a) 被控訴人らの主張

 被控訴人らは、賠償金の支払が先行した場合の方が、保険会社が支払うべき人傷保険金の額が少なくて済むというのであれば、保険会社が保険金の速やかな支払を怠るのは必至である旨主張している。

(b) 検討
① しかしながら、これもあくまで抽象的な危険性に過ぎず、自由化されつつあるとはいえ、監督官庁の厳格な監督に服している損害保険会社が、そのような不誠実な対応を採る危険性は低いし、上記c(b)②のとおり、現実にも人傷保険会社がそのような対応を採っていることを窺わせる形跡もない。

② 確かに、保険会社が人傷保険金の支払をせずに放置したり、あるいは人傷保険金の支払を請求されてもその支払を拒否するなどして、人傷保険金の支払を遅滞し、その間に加害者の賠償金が支払われた場合には不合理な結果となる。

③ しかしながら、このような例外的場合には、保険会社の支払拒否の態様など、個別具体的な事情を斟酌して、保険会社の対応に問題があると判断される場合には、信義則等によって控除される損害の範囲を限定するなどの解釈をすれば足りる。

 そして、本件の場合、被控訴人らが代理人として川中宏弁護士を選任し、同弁護士が敢えて控訴人に対する損害賠償請求訴訟を先行させたのであるから(前記第二の二(6))、上記のような例外的場合でないことが明らかである。

e 被控訴人ら主張④の検討
(a) 被控訴人らは、本件のような問題が生じる原因は、人傷保険の約款策定について十分な検討が加えられていないことにある旨主張している。

(b) 確かに、人傷保険の約款にそのような問題点があるのは事実であろう。しかしながら、それは約款の改訂で行うのが筋であって(平成24年5月最高裁判決の田原睦夫裁判官の補足意見参照)、約款の不十分さを理由に、保険契約の内容である約款の内容を文理とはかけ離れて解釈する
ことを正当化するものとまでいえない。

f 被控訴人ら主張⑤の検討
(a) 被控訴人らは、本件計算規定①は、加害者に100%の過失がある場合の規定であり、被害者に少しでも過失がある場合は何ら規定していないと解釈することも可能である旨主張している。

(b) しかしながら、そうすると、本件約款には重大な欠缺が存在することになり、本来あらゆる場合を想定して策定されているはずの約款の解釈論として無理があるし、被害者に少しでも過失がある場合が約款に規定されていないとすると、被控訴人ら主張のとおりに解釈する根拠もない。

g 被控訴人ら主張⑥の検討
(a) 被控訴人らの主張等

 被控訴人らは、加害者からの賠償金の支払と人傷保険金のどちらが先行するかという偶然的要素で、被害者が受け取るべき総金額が変わってくるという解釈は、あまりにも不合理である旨主張している。

(b) 検討
 確かに、人傷保険会社の代位取得の範囲等について、いわゆる訴訟基準差額説を採用した場合に、賠償金支払が先行した場合と、人傷保険金の支払が先行した場合とで、被害者が受け取るべき総金額を同一にすることが望ましいことは否定できない。

 しかしながら、前記c(b)①のとおり、どちらを先に請求するかはあくまで被害者(被保険者)の選択に委ねられているし、その先後により総受領額を一致させることを第一義として約款文理とかけ離れた解釈を行うことは、本末転倒な解釈論である。

 そして、本件約款においては、賠償金支払が先行した場合に、本件計算規定①によると不合理な結論になることを考慮して、本件計算規定②も規定されているのであるから、本件約款全体としてみれば、本件計算規定①を文理どおりに解釈することが許容できないほど不合理とまでいえない。

h 被控訴人ら主張の本件特殊性の検討
(a) 被控訴人らの主張

 被控訴人らは、本件の特殊性として、関係者の思惑が一致して、本件訴訟の進行を事実上停止して、加害者との和解成立を先行させたのに、加害者との和解が成立するや否や、控訴人が人傷保険金がゼロであると主張するのは不当である旨主張している。

(b) 検討
 ① しかしながら、本件訴訟と別件損害賠償訴訟及び別件求償訴訟との先後関係は、前記前提事実(6)記載のとおりであって、被控訴人らは、弁護士を訴訟代理人として、別件損害賠償訴訟を先に提起し、それから約7か月後に本件訴訟を提起したのである。

 しかも、本件訴訟の訴状に記載された請求内容は、本件約款の本件計算規定①に基づいて算定された人傷保険金の支払を求めるものではなく、訴訟基準差額説に従って、裁判基準に基づいてB等の損害額を算定し、そのうち、本件事故におけるBの過失割合(3割又は2割)に相当する金額を人傷保険金として支払を求めるものであった。

② 控訴人が故意に人傷保険金の支払を遅らせて、被控訴人らに加害者に対して賠償請求を先行することを余儀なくさせたなどという事情があれば格別、そのような事情は全く窺えず、被控訴人らの選択により、加害者に対する賠償請求である別件損害賠償訴訟の提起を先行させたものである。

 そして、被控訴人らは、本件訴訟において、未だ加害者からの賠償金支払が未了である時点で、あえて本件約款の本件計算規定①と異なる算定方法による人傷保険金の支払を求めたものである。

③ その上、控訴人が、本件訴訟の進行より別件損害賠償訴訟の進行を先にするよう、被控訴人らに促した形跡もなく、控訴人が本件訴訟の当初の時点から、「本件訴訟は、賠償先行払い事案であるから、人傷保険先行払い事案と異なり、本件計算規定①に基づいて保険金が算定されるべきである」と主張していたことも、記録上明らかである。

 したがって、本件において、別件損害賠償訴訟の加害者との間の裁判上の和解を先行させたのは、あくまで被控訴人らの判断であって、その点について、控訴人に訴訟上の信義則に反するような訴訟活動があったとは認められない。

i まとめ
 以上の次第で、被控訴人らが本件人身傷害補償特約第11条第一項の限定解釈が可能であると主張する根拠については、いずれも採用することができないのであり、被控訴人らの前記aの主張は採用できない。

(3) 本件計算規定②に基づく保険金額
 次に、本件計算規定②に基づく保険金額につき、以下、検討する。
ア 人傷基準算出損害額について
 前記第二の四(1)記載のとおり、本件においては、人傷基準算出損害額が3565万0325円となる。

イ 本件事故におけるBの過失割合について
(ア) 認定事実

 証拠〈省略〉によれば、以下の事実が認められる。
a 本件事故当日の天候は晴れで、路面は乾燥しており、道路は平坦であった。
 別紙二「交通事故現場見取図」(以下「別紙図面」という。)記載の南北に走る道路(以下「南北道路」という。)は、南行きの一方通行の規制がされており、同図面記載の東西に走る道路(以下「東西道路」という。)の本件交差点手前には、一時停止の標識及び停止線が設けられていた。

b Cは、平成21年1月15日午前9時35分ころ、加害車を運転して、南北道路を北から南に向けて時速約20~30kmで直進中、交通整理の行われておらず、見通しの悪い本件交差点手前に差し掛かった際、別紙図面記載の②地点で、本件交差点南西角に設置されているカーブミラーで左方道路を確認したものの、何も発見しなかったことから、本件交差点南東角のカーブミラーを確認せず、かつ減速徐行することなく時速約20kmで直進した。

 すると、Cは、同図面記載の③地点で、同図面記載のdocument image地点を自転車である被害車に乗って、東西道路を西から東に向けて走行していたBを発見し、危険を感じてブレーキを架けたが間に合わず、同図面記載の④地点のdocument image箇所で、被害車前輪左側に加害車右前バンパーを衝突させて、本件事故を発生させた。

c その後、加害車は、別紙図面記載の⑤地点で停止したが、Bは加害車のボンネットに跳ね上げられた後に落下して、同図面記載のdocument image地点に転倒した。

d 南北道路を南進する車両が、別紙図面記載の②地点で、本件交差点南東角に設置されているカーブミラーで右方道路を確認すると、document image2地点まで見え、同図面記載のdocument image地点で右方道路を確認すると、document image1地点まで見える状況であった。

e Cは、本件事故につき、平成21年4月14日、自動車運転過失致死罪で略式起訴され、同月20日、右京簡易裁判所で、罰金30万円に処せられた。

(イ) 検討
 上記認定に係る本件事故の態様に基づき、C及びBの過失の有無・程度を検討する。
 Cは、本件交差点が見通しの悪く交通整理の行われていない交差点であるから、これを直進するに当たっては、同交差点手前で徐行した上、東西道路から進行してくる車両の有無及びその安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、右方道路から進行してくる車両の有無及びその安全確認不十分のまま、徐行せず、時速約20kmで進行したため、本件事故を惹起したものである。

 他方、Bも、本件交差点手前の一時停止標識に従って一時停止すべき注意義務があるのに、これを怠って東西道路を直進したのであるから、Bにも、本件事故惹起につき相当程度の過失があるのは明らかである。
 そして、上記の双方の過失の程度を考慮すると、Bの本件事故の過失割合は、被控訴人ら主張のとおり、3割と認めるのが相当である。

ウ 保険金額の算定及び被控訴人らの取得額について
(ア) そうすると、本件計算規定②により、被控訴人らに支払うべき保険金額は、前記第二の四(2)記載のとおり1069万5098円(円未満切捨て)となる。

(イ) そして、上記金額を被控訴人らの相続分で按分すると、被控訴人X1は、その3分の2である713万0065円(円未満切捨て)、被控訴人X2は、その3分の1である356万5032円(円未満切捨て)となる。

(4) 遅延損害金の起算日について
ア 被控訴人らは、本件事故日から遅延損害金を請求しているが、本件は本件約款に基づく人傷保険金の請求であるから、被控訴人らが控訴人に保険金の請求もしていないのに、控訴人が当然に本件事故日から遅滞に陥るものではない。

 そして、本件一般条項第22条によれば、控訴人は、保険金の請求を受けてから、その日を含めて30日以内に保険金の支払をする旨約されているから、被控訴人らから保険金の請求を受けた日の30日後から遅滞に陥ると解するのが相当である(最高裁判所平成9年3月25日第三小法廷判決・民集51巻三号1565頁参照)。

イ これを本件についてみるに、被控訴人らは、本件訴訟の訴状で、控訴人に対し、本件事故を理由とする人傷保険金の請求をしたものである。
 そうすると、本件の遅延損害金の起算日は、訴状送達の日であることが記録上明らかな平成22年4月23日の30日後である同年5月23日となる。

三 結論
 以上によれば、被控訴人らの本訴請求は、被控訴人X1につき保険金713万0065円、被控訴人X2につき保険金356万5032円、及びこれらに対する平成22年5月23日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却を免れない。
 よって、これと異なる原判決を上記の趣旨に変更することとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 神山隆一 堀内有子)