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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

休業損害逸失利益

後遺障害等級標準労働能力喪失率と異なる認定の大阪地裁認判決全文紹介1

○交通事故で後遺障害が残った場合、これによる労働能力喪失による将来の稼働期間の稼働収入喪失について逸失利益として損害賠償請求できます。年齢が若くて将来の稼働期間が長い程、労働能力喪失率が大きい程、逸失利益の金額が大きくなり、被害者と保険会社と見解に大きな差が生じて厳しい争いが生じます。後遺障害を巡る争いは逸失利益の争いと言って良い程です。この労働能力喪失率は、自賠責後遺障害等級毎に1級100%から14級5%まで標準喪失率が決められており、自賠責保険金額は原則としてこの等級毎に決められた喪失率で一律に計算されます。

○しかし、例えば肩の障害で自賠責後遺障害が9級、標準労働能力喪失率35%の場合でも、被害者が大工さんで大工道具を使えなくなり大工さんの仕事を辞めざるを得なくなった場合、大工仕事についての労働能力喪失率は100%とも評価でき、自賠責9級標準35%による損害は、実態を反映しない不当に低いものになります。自賠責保険金としては喪失率評価35%でも訴えを提起する場合は、実態に近い喪失率例えば80%と請求することも可能です。

○しかし現実の訴訟実務では、裁判官はなかなか自賠責標準労働能力喪失率を超える喪失率を認定してくれません。ところが後遺障害等級第9級標準労働能力喪失率35%のところ、併合9級の後遺障害が残った歯科医師について、労働能力喪失率を70%として標準の二倍の逸失利益が算定された珍しく勇気ある認定の平成23年4月26日大阪地裁判決(判時2118号60頁、自保ジャーナル1851号75頁)が見つかりましたので、全文を4回に分けて紹介します。この判決は、被害者側にとっては貴重な判決ですが、控訴されず一審で確定しているようです。

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主   文
一 被告は、原告に対し、金6841万1298円並びに内金6221万1298円及びこれに対する平成20年6月28日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金620万円に対する平成17年12月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

 被告は、原告に対し、1億0955万8859円並びに内9955万8859円に対する平成20年6月28日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員及び内金1000万円及びこれに対する平成17年12月28日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
 本件は、原告の運転する足踏み式自転車(以下「原告車両」という。)と、被告の運転しかつ所有する普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)が衝突した事故(以下「本件事故」という。)によって、原告が損害を被ったと主張し、被告に対し、民法709条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の賠償を求める事案である。

一 争いのない事実等(証拠を掲記したもの以外は、各当事者間に争いがないか、又は弁論の全趣旨により容易に認められる。)
(1) 本件事故の発生
ア 発生日時 平成17年12月28日午前9時30分ころ
イ 発生現場 大阪市《略》(以下「本件交差点」という。)
ウ 原告車両 足踏み式自転車  運転者 原告
エ 被告車両 普通乗用自動車  運転者 被告
オ 事故態様 信号機による交通整理の行われていない本件交差点において、原告車両と被告車両が出会い頭に衝突した。

(2) 原告の傷害及び治療経過
原告は、本件事故の結果、左鎖骨遠位端骨折、右頸部挫傷、右手指挫傷、頸椎捻挫、頭部外傷U型及び第一腰椎圧迫骨折の傷害を負い、以下のとおりの入通院治療を受けた(甲7、8、10、11。枝番号含む。以下同じ。)。
ア 入院
 医療法人A病院(以下「A病院」という。)
 平成17年12月28日から平成18年7月3日まで
 平成19年2月5日から平成19年2月9日まで
イ 通院
(ア) B病院(以下「B病院」という。)
 平成17年12月28日
(イ) A病院(実通院日数103日)
 平成18年7月4日から平成19年2月4日まで
 平成19年2月10日から平成19年10月1日まで

(3) 原告の後遺障害及び認定等級
原告の症状は、平成19年10月1日に固定したが、原告には、本件事故の結果後遺障害が残存した。損害保険料率算出機構は、左鎖骨骨折に伴う左肩関節の可動域につき「関節の機能に著しい障害を残すもの」として自動車損害賠償保障法施行令別表第二第10級10号に該当し、脊柱の変形傷害につき「脊柱に変形を残すもの」として同別表11級七号に該当し、これらを併合して、同別表併合九級に該当すると認定した(甲9、14)。

(4) 損害のてん補
原告は、本件事故後、その損害のてん補として、労災保険から、療養給付として708万6904円、休業給付として合計824万3681円、障害給付として479万7769円、任意保険から、9万1050円、自賠責保険から平成20年1月17日に224万円、平成20年6月27日に392万円の、各支払を受けている。

二 争点
(1) 事故態様及び過失割合
(原告の主張)
被告は、南北道路を普通乗用自動車で北から南ヘ時速20ないし30キロメートルで走行し、右足をアクセルに乗せた状態で減速しないまま本件交差点に進入しようとしたところ、東西道路を西から東に向かって本件交差点に進入してきた原告車両を右前方に認めて急制動の措置を講じたが間に合わず、被告車両の右側面前部分を原告車両の前部に衝突させた。
本件事故については、被告の徐行義務違反、前方不注視、原告の進行を確認しながら急制動措置をとらなかった注意義務違反等の著しい過失が認められることからすれば、被告は、民法709条に基づき損害賠償責任を負っている。
また、被告は、本件車両を所有し、自己のために運行のように供していたことからすれば、自賠法三条に基づき損害賠償責任を負っている。
これに対し、原告は、本件交差点に進入する際、一時停止をしていないが、原告は、これまで車等の運転免許証を取得したり教習所に通ったこともなく、本件交差点に進入する足踏み式自転車が一時停止をしているところを見かけたことがないことから、一時停止義務があると認識していなかった。このような事情に鑑みれば、原告の1時一時停止義務違反を過大に評価することは相当ではない。
以上によれば、被告には著しい過失が認められるのであり、本件事故の発生については、専ら被告の過失によるものと
いうべきである。

(被告の主張)
 被告は、十分に前方を注視して徐行しつつ優先道路を走行していたところ、一旦停止義務に違反して減速することなく、見通しの悪い本件交差点に原告車両が進入し、停止した被告車両の右側面に衝突した。
 以上の事故態様によれば、被告には過失は認められないというべきである。

(2) 原告に残存する後遺障害の程度
(原告の主張)
本件事故を原因として原告に残存する左手指のしびれ、腰痛、右大腿部のしびれ等の後遺障害によって、原告は、歯科医師としての可動が一切不可能となり、かつ日常生活上にも様々な支障が生じている。したがって、原告の労働能力喪失率は、少なくとも70パーセントが認められるべきであり、67歳までの労働能力喪失期間が認められるべきである。

(被告の主張)
 原告の後遺障害のうち、原告の行動に影響を与えるものは、左関節の可動域の制限及び脊柱の変形にとどまっており、左手指のしびれ、腰痛、右大腿部のしびれ等は運動に何らの影響を与えるものではない。また、原告は右利きであり、利き手である右手を用いて着座した状態での作業も十分可能であることからすれば、仮に左手や腰に何らかの支障があって作業に制限が加わるとしても、歯科医師としての可動が一切不可能となったとはいえない。
以上によれば、原告の労働能力喪失率は35パーセントを上回ることはなく、労働能力喪失期間も相当程度に限定すべきである。