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休業損害逸失利益

職種により喪失率の増減はありうるとの判例全文紹介2

○「職種により喪失率の増減はありうるとの判例全文紹介1」の続きで、裁判所の判断前半です。

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第三 当裁判所の判断
1 争点(1)(後遺障害の程度)について

(1) 証拠(文章末尾に記載のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、昭和51年3月に看護学校を卒業後、昭和54年に婚姻するまで看護師として稼働し、平成9年2月から、再び看護師として稼働するようになった。そして、平成14年の収入は468万9520円であった(証拠略)。

イ 原告は、本件事故日である平成15年6月18日から同年7月17日まで、B病院に入院し、同年8月1日から平成16年4月2日まで、同病院の整形外科や脳神経外科に通院した。
 原告は、平成15年7月25日から平成16年1月7日までD眼科に、同年1月13日から同年4月9日までC病院の眼科に、同年8月17日から同月24日までE眼科に、それぞれ通院した(証拠略)。

ウ C病院の丙川医師は、平成16年3月15日、原告の病名は両滑車神経麻痺で、下方視にて複視が認められると診断した(証拠略)。

エ B病院の脳神経外科の丁山医師は、平成16年3月26日、原告には、両側滑車神経麻痺による複視があり、それに伴い頭痛、めまい等が出現するも、症状は固定していると診断した(証拠略)。

オ E眼科の戊田医師は、平成16年8月24日、「両内下転制限あり、Hess上も両上斜筋マヒ。右よりも左の上斜筋マヒが強く、正面視でも回旋斜視がみられる。両眼視、単眼視とも正常な像が得られず」、「プリズム眼鏡による矯正を行っているが、読書時、歩行時いずれも困難あり」と診断している。また、同医師は、原告の症状について、「両眼の上斜筋麻痺のため中心及び下転時は両眼視が不可能であり、距離感、立体感がつかめない状況にあり、これは対象が静的な場合の検査の結果であるが、日常視すなわち動的対象物に対しては、より大きな不都合が生じていると推測できる。看護師というヒトに対する看護、処置を行う職業柄、このような両眼視機能異常が存在する状態は本人の負担が大きいのみならず、医療上のリスクも大きいと考えられる。比較的短時間の作業は別として、詳細な視力及び両眼視を要する業務は不可能と医学的に判断できる。」とも述べている(証拠略)。

カ 原告は、本件事故後、休業していたが、平成16年1月10日付けで、休職扱いとなり、その後、勤務先を退職した。
 原告は、現在、月曜日から金曜日の午前9時30分から午後4時30分まで、生命保険会社でパート外務員として稼働し、月10万円の収入を得ているほか、1週間に4、5日、午後5時から午後10時まで、コンビニでアルバイトをして月7万円程度の収入を得ている(証拠略)。

キ 原告は、現在、眼を正面に向けた場合、上方を見るときにはさほど支障はないが、下方を見るときには、たとえば、歩行時、車に乗る時、階段を下りる時等に、足元が二重に見えるといった、支障が生じており、階段を踏み外したこともあった。二重に見える状態が続くと、めまいを起こすことがある。パート外務員として、パソコンを操作する必要があるときは、上目遣いで操作しており、そのため、パソコンを使用したときは目に疲労感があり、道路の小さな段差を見逃すことがある(証拠略)。

ク 複視は、右眼と左眼の網膜の対応点に外界の像が結像せずにずれているために、ものが二重にみえる状態をいうのであるが、眼筋麻痺等によって生じると解されている。上斜筋は外眼筋の一つであるが、これは滑車神経によって支配されている(証拠略)。

(2) 原告が本件事故によって、両眼の滑車神経麻痺の後遺障害を負ったことについては当事者間に争いがないところ、前記認定事実のように、滑車神経は外眼筋である上斜筋を支配する神経であり、複視は眼筋麻痺等によって生じると解されていること、丙川医師らの診断結果、前記キのような原告の状態にかんがみると、原告には、正面視において複視が生じているものと認められる。

(3) ところで、自動車損害賠償保障法施行令の別表第2によれば、後遺障害について、「正面を見た場合に複視の症状を残すもの」は第10級とされており、自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成13年12月21日金融庁国土通省告示第1号)は、等級の認定は原則として労働災害補償保険における障害の等級認定の基準に準じて行うとして、第10級に該当する後遺障害の場合、同基準における労働能力喪失率表(労働省労働基準局長昭和32年7月2日付け第551号通達)に準じ、労働能力喪失率を27%としている。

 上記の労働能力喪失率表は、労働能力の喪失を考えるに当たって合理的な基準となりうるものであるが、従事する職種等を考慮しない、一般的なものであるから、個々具体的なケースにおいては、被害者が従事していた職種等により、同表に定めた労働能力喪失率が増減する場合もありうるのであって、このような場合においで、職種を含む当該被害者の特性を何ら考慮することなく、専ら上記の労働能力喪失率表に則って損害を算定することは、被害者に生じた損害のてん補を目的とする損害賠償制度の趣旨、目的に反することになる。そして、看護師という職業にかんがみると、眼の異常がその業務遂行に及ぼす影響は多大であるといえ、前記認定事実によれば、原告は、看護学校を卒業し、平成9年ころから看護師として稼働していたところ、複視の影響により、看護師としての業務に従事することができなくなり、退職を余儀なくされたものと認められる。また、原告は、事故の前年には看護師として468万9520円の収入を得ていたものの、現在では、生命保険のパート外務員として月10万円、コンビニでのアルバイトによって月7万円程度の収入を得ることができるにとどまっている。原告は、前記認定事実のような状態から、パソコンを長時間操作するといった労務に従事することは困難であると認められ、他の職種に転職するとしても、従事できる業務は現実的には限定されているといわざるを得ない。

 さらに、原告は、両眼について滑車神経麻痺が生じるのはまれであると主張し、被告もこの点について積極的に争っていないことからすると、両眼について滑車神経麻痺が生じるのは希有なケースと認められ、「正面を見た場合に複視の症状を残すもの」を第10級とする上記施行令、労働能力喪失率表もこのことを前提とするものと解される。そして、麻痺が単眼であれば健眼によって真像を得ることができるが、両眼となれば、真像を得ることができないことになるから、単眼に滑車神経麻痺が生じたときよりも、両眼に生じたときのほうが、労働能力の喪失に与える影響は大であると認められる。したがって、正面視において複視が生じているからといって、麻痺が単眼の場合と両眼の場合とで労働能力の喪失率を全く同一に考えることは相当ではない。

 なお、原告は、後遺障害は第7級4号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当し、労働能力喪失率は56%であると主張している。しかしながら、同号でいう「神経系統の機能又は精神の障害」における神経系とは、脳および脊髄からなる中枢神経系を前提とするものと解され(労災補償障害認定必携参照)、滑車神経による眼の障害を想定するものではない。そして、第7級に該当する眼の障害を見ると、「1眼が失明し、他眼の視力が0.6以下になったもの」(1号)が規定されているが、前記認定事実のような原告の現在の稼働状況等に照らすと、原告の症状がこれと同程度であるとまでは認め難い。

 以上のほか、上記の労働能力喪失率表等によると、「1眼が失明し、又は1眼の視力が0.02以下になったもの」は第8級1号に該当し、労働能力喪失率は45%とされていることや、「両眼の視力が0.6以下になったもの」や「1眼の視力が0.06以下になったもの」は第9級1号、2号に該当し、労働能力喪失率は35%とされていること、原告は、眼の後遺障害のほかに、左肩を挙げる時の痛み等について第14級10号の認定を受けていること((証拠略)。なお、原告は、当該後遺障害は第12級13号に該当すると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)をも併せ総合考慮すると、原告は、本件事故の後遺障害によって、労働能力を40%程度喪失したものと認めるのが相当である。