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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

自賠責保険の話

裁判所は自賠法第16条の3第1項支払基準に拘束されないことの確認判決

○「自賠責保険査定金額は絶対ではない-覆されない」で、「自賠法16条の3第1項の規定内容はあくまで保険会社に支払基準に従って支払うことを義務づけたに過ぎず、支払基準が保険会社以外の者も拘束すると解することは出来ないものであり、同法16条1項に基づいて被害者が保険会社に損害賠償額の支払を請求する訴訟において、裁判所は同法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることが出来る」と述べた平成18年3月30日最高裁判決(判時1928号36頁、判タ1207号70頁、交民39巻2号285頁)を紹介しておりました。

○平成18年3月30日最高裁判決は自賠法第16条の被害者請求に対するものでしたが、自賠法第15条加害者請求に対し、平成18年3月30日最高裁判決と異なる結論を出した平成22年11月16日高松高裁判決に対する上告審で平成18年3月30日最高裁判決を確認する平成24年10月11日最高裁判決(判時2169号3頁)が出ましたので、判決全文を以下に紹介します。被害者側過失割合が大きい事案での被害者には不利になる場合もあります。
なお、関連条文は次の通りです。
自賠法第15条(保険金の請求)
 被保険者は、被害者に対する損害賠償額について自己が支払をした限度においてのみ、保険会社に対して保険金の支払を請求することができる。
同第16条の3(支払基準)
 保険会社は、保険金等を支払うときは、死亡、後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準(以下「支払基準」という。)に従つてこれを支払わなければならない。


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主文
1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
3 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。 

理由
 上告代理人○○の上告受理申立て理由について
1 本件は,被上告人が,自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険者である上告人に対し,自動車損害賠償保障法(以下「法」という。)15条所定の保険金の支払を求める事案である。上記保険金の支払を請求する訴訟において,裁判所が法16条の3第1項に規定する支払基準によることなく保険金の額を算定して支払を命じることができるか否かが争点となっている。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)平成15年9月18日午前2時10分頃,Aが運転する軽四輪貨物自動車が中央線を越えて対向車線に進行し,Bが所有しCが運転する普通貨物自動車と正面衝突する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。Aは,同日,本件事故により死亡した。

(2)本件事故当時,上記普通貨物自動車につき,上告人を保険者とする自賠責保険契約及び被上告人を保険者とする自動車共済契約(任意保険)が締結されていた。

(3)自賠責保険の保険金額は,死亡による損害(死亡に至るまでの傷害による損害を除く。)につき,一人3000万円とされている(法13条1項,自動車損害賠償保障法施行令2条1項1号イ)。また,自賠責保険の保険者は,保険金等を支払うときは,国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準に従ってこれを支払わなければならないとされているところ(法16条の3第1項),上記支払基準によれば,死亡に係る支払にあっては,被害者に重大な過失がある場合,次のとおり,被害者の過失割合に応じて,保険金額(ただし,積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額)から減額を行うものとされている。
 7割未満        減額なし
 7割以上8割未満  2割減額
 8割以上9割未満  3割減額
 9割以上10割未満 5割減額

(4)上告人は,平成17年3月,Aの相続人らに対し,前記(2)の自賠責保険契約に基づき,1500万円の損害賠償額を支払った。

(5)Aの相続人らは,平成18年7月,徳島地方裁判所阿南支部に対し,C及びB(以下,併せて「Cら」という。)を被告として,本件事故によるAの損害賠償金の支払を求める訴訟を提起した。平成20年1月29日,上記訴訟において,Aの相続人らとCらとの間で,要旨次のとおり訴訟上の和解が成立した。
ア 本件事故によるAの損害が合計7500万円(逸失利益5400万円,慰謝料2000万円,葬儀費用100万円)であることを確認する。
イ 本件事故の過失割合につき,Aが6割,Cが4割であることを確認する。
ウ Cらは,Aの相続人らに対し,上記アの損害額から過失相殺による減額及び既払額(前記(4)の1500万円)の控除をした残額1500万円を連帯して支払う。

(6)被上告人は,平成20年2月15日,前記(2)の共済契約に基づき,Aの相続人らに対し,上記和解によってCらが支払うべきものとされた1500万円を支払った。

(7)被上告人は,平成20年3月28日,上告人に対し,前記(5)イの過失割合を前提に,法15条所定の保険金として1500万円を支払うよう請求したが,上告人は,Aには重大な過失があり,保険金額3000万円から5割の減額を行うのが相当であるから,上告人はこれ以上保険金を支払う義務を負わないとして,支払を拒絶した。

3 原審は,以上の事実関係等の下において,Aの損害額を7500万円,Aの過失割合を8割とした上で,次のとおり判断して,被上告人の請求を600万円の限度で認容した。
 支払基準によれば,被害者の過失割合が8割の場合には,保険金額から3割の減額をすべきものとされているから,上告人は保険金額3000万円から3割減額した金額である2100万円を支払うべきであったところ,上告人が実際に支払ったのは1500万円であるから,上告人は,被上告人に対して,その差額600万円を支払うべきである。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 法16条1項に基づいて被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払を請求する訴訟において,裁判所は,法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることができるというべきである(最高裁平成17年(受)第1628号同18年3月30日第一小法廷判決・民集60巻3号1242頁)。そして,法15条所定の保険金の支払を請求する訴訟においても,上記の理は異なるものではないから,裁判所は,上記支払基準によることなく,自ら相当と認定判断した損害額及び過失割合に従って保険金の額を算定して支払を命じなければならないと解するのが相当である。

 しかるに,原審は,Aの損害額を7500万円,Aの過失割合を8割としながら,これらを前提とした過失相殺をせず,上記支払基準によれば上告人が2100万円の保険金を支払う義務があると判断して,被上告人の請求を一部認容したのであり,この判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人は,上記損害額から上記過失割合により過失相殺をした後の1500万円に相当する損害賠償額を既に支払済みであるから,これ以上保険金を支払う義務を負わない。そうすると,被上告人の請求は理由がなく棄却すべきものであって,第1審判決は結論において是認することができるから,上記部分に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇 裁判官 山浦善樹)