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交通事故重要判例

交通事故での胸郭出口症候群等を認めた名古屋地裁判決紹介5






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(2)以上の事実を前提に,本件事故による原告の傷害及び後遺障害について判断する。
ア 胸郭出口症候群について
 前記認定のとおり,加納医師が,脳血管撮影の結果,両側とも上肢拳上にて左鎖骨下動脈は70%の狭窄,右は50%の狭窄を示したこと,胸郭出口症候群を発症したことを裏付ける医学的検査として,ライトテスト,アドソンテスト,モーレテスト,ルーステストのいずれもが陽性であったことから 原告を胸郭出ロ症候群であると診断したことからすれば,原告は,胸郭出口症候群であると認めるのが相当である。そして,これは他覚所見の認められる神経症状であるから,後進障害等級12紙に相当すると認められる。

 これに対し,被告らは,本件事故は,原告車後部のバンパーがわずかに凹損した程度の軽微な追突事故であると主張し,紛争処理機構も本件事故の態様からは胸郭上部に圧迫を生じるような骨折や軟部組織の損傷を受けたとは考え難いなどとして,原告の胸郭出口症候群を否定する。しかし,(乙4,原告本人〔2 3,24頁〕)によれば,原告車の後部は,バンパーが凹んでいるだけではなく,トランクの扉がかなりずれてしまうくらいに変形していることが認められる(乙4の写真00007,00008等,原告本人23,24頁)。したがって,衝突の速度はそれほど速くはなく,また,それほど強烈な衝突ではないことは確かではあるが,身体に強い影響がでる余地のないごく軽微な衝突とまではいえないというべきである。そして,加納医師の書面尋問の結果によれば,軽微な追突でも,胸郭出口症候群が発症する程度の事故になることはあり得ると認められるのであり,事故態様のみを理由に,胸郭出ロ症候群が本件事故により発生したことを否定することはできない。

 また,紛争処理機構は,本件事故から約2年後に撮影された胸郭上部の血管造影ビデオをみても,当該都動脈の一部狭窄の所見がみられるのみであり,明からに外傷によるものと捉えられる異常所見は認められなかったとして,これも胸郭出口症候群を否定する根拠としているが,加納医師の書面尋問の結果によれば,動脈の一部狭窄が認められることこそが問題であるのであると認められるから 紛争処理機構の判断は,そもそも,胸郭出口症候群の判断についての知見に欠けたものということができる。そして,血管造影で,胸郭出口症候群を示す異常所見である動脈の狭窄が認められた以上,さらに当該部のレントゲン写真やMRI等の撮影されていないことを,胸郭出口症候群を否定する理由にすることはできない。

 さらに,紛争処理機構は,上肢の広汎な疼痛等の症状がみられないとし,被告らも,平成18年6月22日以前には左上肢の強烈な痺れを原告が訴えていなかったとする(甲2〜2 0の各枝番1,乙10)。しかし,服部医師が平成17年12月30日の診断に基づき平成18年1月16 日に作成した自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲21)には,「左上肢しびれ感」との自覚症状が記載されている。確かに,それより前の診断書には,左上肢のしびれ感の記載はないが,服部医師が,後遺障害診断書の後遺障害の自覚症状欄に「左上肢しびれ感」を記載していることからすれば,服部医師としても,症状固定時である平成17年12月30日になって原告が唐突に左上肢のしびれを訴え出したという捉え方をしておらず,従来からあった訴えとして後遺障害として記載したものと推認される。そうであるとすれば,それより前の診断書には左上肢のしびれの記載がないが,原告としては,従前から左上肢のしびれも訴えていたとの原告本人の供述(原告本人2 5頁)は信用できるといえる。原告には,他にも種々の症状があり,それが診断書に記載されており,上肢に近い背部や頚部の症状も記載されているので,左上肢のしびれについて記載が漏れていたとしても,その訴えがなかったとか,そもそもそういう症状がなかったということにはならないというべきである(むしろ,その記載漏れよりも,前記のとおりの血管造影による動脈の狭窄というこの症状と符合する他覚所見の存在を重視すべきである。)。
 他に,胸郭出口症候群を認める上記認定を覆すに足りる証拠はない。

イ 腰椎分離すべり症(腰痛,両足の痺れ)について
 前記認定のとおり,腰痛等の訴えについては,損害保険料算出機構名古屋自賠責損害調査事務所長により,「局部に神経症状を残すもの」として後遺障害等級14級に該当するものと認定され,紛争処理機構においても同認定が維持されたのであるから,本件事故による後遺障害であると認めるのが相当である。そして,腰椎の症状については,前記認定のとおり,「腰XP,MRI:L3/4前方すべり,L3/4,L4/5で椎間板の膨隆があり,L4/5にはhigh intensity zone が認められ」るところであるが,これらは,加齢性による椎間板変性の所見であると考えられる(甲41の調停結果の5頁)。そこに,本件事故による外傷により腰痛等が発症したものと認めるのが相当である(甲21)。紛争処理機構は,同部に神経圧迫の他覚所見は認められないとして,後遺障害等級12級ではなく,後遺障害等級14級の神経症状としている。しかし,後記ウのとおり,原告には,尿流測定から明確に証明される排尿障害の後遺障害が認め,これが,本件事故による腰椎椎間板障害がその原因であると認められる。そうであるとすれば,画像上の所見としては,神経圧迫が認められないとしても,他の症状とも併せ考えると,十分に医学的に証明できる程度の神経症状があるというべきである。したがって,これを14級ではなく,12級相当の神経症状であると認めるのが相当である。

ウ 排尿障害について
 排尿障害については,服部医師の照会・回答書に平成19年3月3日の終診時に排尿障害が消失していた旨記載されていることを主たる理由として,紛争処理機構は排尿障害の後遺障害を認めなかった。

 しかし,前記認定のとおり,服部医師が,原告訴訟代理人らの平成22年1月24日付けの照会書に対する回答において,上記照会・回答書の記載は,後記カのC病院の平成18年3月6日付けの診断書を確認せずにしたとし,排尿障害が終診時に消失したと判断した理由について,「排尿障害の訴えが消失したので,当院での治療中止という意味で,消失と記載しました。排尿障害に関しては,C病院泌尿器科の診断が正しいと判断します」としている(甲6 5)ことからすれば,上記照会・回答書の記載は,原告の排尿障害が消失したことの根拠にはならないというべきである。そして,症状固定時である平成17年12月30日において排尿障害が後遺障害とされており,平成18年3月6日の尿流検査で排尿障害が確認され,現在においても日中に10回以上の排尿をするなどの頻尿の症状があることからすれば,その間である平成19年3月3日ころに排尿障害が消失していたとは考え難いのであり,前記の服部医師の照会・回答書の排尿障害消失の記載は,服部医師自身が説明しているように,原告が服部医師に排尿障害について述べなかったことから,服部医師が排尿障害が消失したものと早合点して記載したものに過ぎないというべきである。

 そして,前記認定のとおり,本件事故直後の診断書にも排尿障害が記載されていることからすれば,原告が本件事故直後から排尿障害を訴えていたものと認められる。そして,前記認定のとおり,C病院泌尿器科において,平成18年3月6日,尿流測定の結果,排尿障害があると認められ,触診と超音波検査で前立腺肥大がないことから交通事故による腰椎椎間板障害がその原因である可能性は否定できないとされていることと,原告が  本件事故当日から排尿障害を訴え,腰痛を訴えていたこととを考慮すれば,本件事故により外傷性腰椎症が発症し,その影響で排尿障害が生じ,そして,それが現在においても後遺障害として残っているものと認めるのが相当である。
 そして,1日の排尿がおおむね10回以上であることから,原告の排尿障害は後遺障害等級11級に相当するものであると認められる。

 以上のとおり,原告の後遺障害については,(ア)後遺障害等級12級に相当する胸郭出口症候群,(イ)後遺障害等級12級に相当する腰椎すべり症,腰痛,両足の薄れ,(ウ)後遺障害等級11級に相当する排尿障害が認められ,併合10級の後遺障害と認めるのが相当である。