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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

平成20年7月31日東京高等裁判所低髄液圧症候群認定判決 

○「平成20年1月10日横浜地方裁判所低髄液圧症候群認定判決1〜6」の続きです。
一審横浜地裁で脳脊髄液減少症による休業損害が認められたことについて、保険会社(名目上は加害者)側が、原審及び控訴理由書において、被害者に「髄液減少症」が発症したことを認めましたが、この自白は、真実に反し錯誤によるもので撤回するとの主張をしましたが、平成20年7月31日東京高裁は、この自白が真実に反することの証明はないから、控訴人の自白の撤回はその要件を欠くもので、許されないとし、被害者の症状経過及び治療結果から、脳脊髄液減少症の存在を認めました。

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判   決
  控訴人       乙山次郎
  同訴訟代理人弁護士 菅 友晴
  同         植田 薫
  被控訴人      甲野太郎
  同訴訟代理人弁護士 中西義徳

【主   文】
 1 本件控訴を棄却する。
 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

【事実及び理由】
第一 控訴人の求めた裁判
 1 原判決の主文第2項を取り消す。
 2 前項の取消しに係る部分についての被控訴人の反訴請求を棄却する。
 3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第二 事案の概要
1 @本件本訴事件は、平成16年2月22日に横浜市内の交差点で控訴人(原審本訴原告・反訴被告)の運転する普通乗用自動車(原告車両)と被控訴人(原審本訴被告・反訴原告)の運転する普通乗用自動車(被告車両)とが衝突し、被控訴人と被告車両に同乗していた甲野花子(原審本訴被告・反訴原告。被控訴人の子)が負傷した交通事故(本件事故)につき、控訴人が、被控訴人に対し、本件事故に係る不法行為に基づく損害賠償債務が39万7531円を超えて存在しないことの確認を、甲野花子に対し、本件事故に係る不法行為に基づく損害賠償債務が1万9632円を超えて存在しないことの確認、をそれぞれ求めた事案であり、

A本件反訴事件は、被控訴人が、控訴人に対し、民法709条に基づく損害賠償として1324万0180円とこれに対する平成16年2月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、甲野花子が、控訴人に対し、民法709条に基づく損害賠償として4万1690円とこれに対する前同の遅延損害金の支払を、それぞれ求めた事案である。

 原審は、控訴人の本訴請求に係る訴えを却下し、本件事故の発生について被告車両にも1割の過失を認めて、被控訴人の反訴請求を676万0686円と遅延損害金の支払を求める限度で、甲野花子の反訴請求を3万2217円と遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ認容した。

 そこで、控訴人が、原判決中の被控訴人の反訴請求を認容した部分(主文第2項)を不服として控訴した(原判決が控訴人の本訴請求に係る訴えを却下した部分(主文第1項)は不服の対象とされていない。)。なお、原判決中の甲野花子に関する部分は、双方から控訴の提起がなく、確定している。

2 争いのない事実等、争点及び争点についての当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の2及び3に記載(原判決3頁5行目から9頁22行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

3 控訴人の控訴理由及び当審における自白の撤回
(1)被控訴人に「髄液減少症」が発症したことを認めた上で、本件事故と被控訴人の「髄液減少症」との間に相当因果関係を肯定した原判決の判断は誤っている。

(2)控訴人は、原審及び控訴理由書において、被控訴人に「髄液減少症」が発症したことを認めたが、この自白は、真実に反し錯誤によるものであるから、撤回する。

4 控訴人の自白の撤回に対する被控訴人の反論
 控訴人の自白の撤回は、時機に後れた主張であり、禁反言の原則からも許されない。被控訴人が髄液減少症であったことは、被控訴人に起立性頭痛が存在し、ブラッドパッチ療法によりその頭痛が完全に消失したことからも明らかである。

第三 当裁判所の判断
1 当裁判所も、被控訴人の反訴請求は、不法行為による損害賠償として676万0686円とこれに対する平成16年2月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであると判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の2及び3(1)に記載(原判決10頁1行目から19頁7行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決16頁11・12行目及び同頁15行目の「高給布団」をいずれも「高級布団」に改め、17頁23行目の「8か月」の前に「1.0×」を加える。

2 控訴人は、控訴理由として、「本件事故と被控訴人の「髄液減少症」との間に相当因果関係を肯定した原判決の判断は誤っている。」旨を主張する(なお、控訴人は、被控訴人に「髄液減少症」が発症したことを認めた点について自白を撤回するが、この自白が真実に反することの証明はないから、控訴人の自白の撤回はその要件を欠くもので、許されない。)。

 原判決が認定するとおり、被控訴人は、平成17年4月18日にB病院の丙川医師の診察を受け、同年5月9日に同病院に入院し、同月10日から同月12日にかけて頸椎、腰椎及び頭部のMRI検査を受けたところ、頭部MRIの検査結果において、硬膜下腔拡大や造影増強等髄液漏れを疑わせる所見が認められたことから、丙川医師は、被控訴人が訴える頭痛、めまいの症状と上記所見に加え、副作用の強い副腎皮質ホルモンプレドニンを服用しても症状が改善しなかったことなども考慮して、被控訴人に「髄液減少症」の診断を下したものであって、平成16年2月22日に本件事故が発生してから上記のとおり被控訴人が丙川医師によって初めて髄液減少症の診断を受けるまでに1年2月以上が経過しているのである(なお、丙川医師は、上記診断に基づき、平成17年5月13日、被控訴人の腰部にブラッドパッチ療法を行ったところ、被控訴人の頭痛が直ちに軽減し、数時間後に消失したので、被控訴人は、同月18日に退院し、翌6月18日、丙川医師によって再度腰部にブラッドパッチ療法を受け、同年7月末日には髄液減少症は治ゆした旨の診断を受けている。)。

 本件においては、
@被控訴人は、原判決が認定するとおり、平成16年2月22日の本件事故の際に頭部右側を打って一瞬意識を失い、頭部から首、腰にかけての部位や肩の痛み等を訴え、事故の3日後に受診したD病院においても頭痛を訴えて「頭部挫傷」の診断を受け(同病院の診療録の同年3月1日の欄には「眼の奥が痛い」との記載がある。)、その後は、首、腰、右上肢、右下肢の痛みの方が強かったものの、多少の頭痛はあり(C整形外科の診療録の同年7月6日の欄には「右眼のうらが痛い」との記載がある。)、同年7月29日には丁山医師から眼科併診を勧められたこと、同年8月ころから特に頭痛が強くなり、そうした状態は平成17年5月に丙川医師によって髄液減少症の診断を受け、腰部にブラッドパッチ療法を受けるまで継続していたものであって、

A被控訴人の頭痛は、程度の差はあるものの本件事故直後から続いており、その部位についても右眼の奥ないしうらが痛むという点で一貫性を有しており、また、その痛みは当初から身体を横にして休んでいると和らぐというものであって(原審における被控訴人本人)、髄液減少症の典型的な痛状の1つとされる起立性頭痛の症状と符合するものと認められること、

B被控訴人の上記の頭痛の症状は本件事故後に顕れたもので、こうした症状が本件事故前から被控訴人に生じていたことや本件事故後において上記の症状を生じさせるような新たな出来事が起こったことを認めるに足りる証拠もないこと等に照らすと、被控訴人の「髄液減少症」は、平成17年5月に丙川医師によって髄液減少症と診断される前から既に発症していたものであり、かつ、その発症は本件事故による衝撃ないし外傷に起因するものであると推認することができるから、本件事故と被控訴人の髄液減少症との間に相当因果関係を肯定することが十分できるというべきである。

 同旨の原判決の判断に誤りはない。
 控訴人が控訴理由として指摘する点を踏まえて検討しても、上記の判断は変わらない。

第四 結論
 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成20年6月17日)

   東京高等裁判所第8民事部
       裁判長裁判官 原 田 敏 章
          裁判官 氣賀澤 耕 一
          裁判官 加 藤 謙 一