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養育費・認知

別居中児童手当と婚姻費用額に関する福岡高裁那覇支部決定全文紹介

○「児童手当・子ども手当と養育費・婚姻費用との関係3」の続きです。
子ども手当は,次代を担う子どもの育ちを社会全体で応援するとの観点から支給されるものであり,夫婦間の協力扶助義務に基礎を置く婚姻費用の分担額には影響しないとした平成22年9月29日福岡高等裁判所那覇支部決定(平成22年(ラ)第28号、家庭裁判月報63巻7号106頁)全文を紹介します。子ども手当は、民主党政権時代に支給されたものですが、平成28年現在は廃止されてこれに代わって児童手当が支給されています。児童手当対象は、日本国内に住む0歳以上から中学卒業まで(15歳に到達してから最初の年度末(3月31日)まで)で、支給額は、0~3歳未満1万5000円、3歳~小学校修了前1万円(第3子以降1万5000円)、中学生1万円です。

○平成22年9月29日福岡高等裁判所那覇支部決定では、子供を連れて別居した母が受領している子ども手当(現児童手当)は、父の負担する婚姻費用に影響しないというものです。妻の収入に子ども手当を入れるべきとの抗告理由に対し、「子ども手当は,あくまでも子どもを扶養する者が受給する手当であって,収入ではない。」との妻側反論が認められました。

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主   文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。

理   由
1 審理の経過等

 抗告人(原審相手方)と相手方(原審申立人)は平成6年×月×日に婚姻の届出をした夫婦であり,長女(平成6年×月×日生)及び長男(平成8年×月×日生)をもうけた。相手方は,平成21年×月×日,子らを連れて実家に戻り,それ以来抗告人と別居して子らを監護・養育している。

 相手方は,平成21年×月×日,抗告人との夫婦関係調整(離婚)調停(那覇家庭裁判所平成21年(家イ)第×××号)及び婚姻費用分担調停(同庁平成21年(家イ)第×××号)を申し立てたものの,いずれも調停不成立となり,後者が審判手続に移行した(原審事件)。

 原審は,相手方及び抗告人の収入を踏まえ,抗告人に対し,原審事件に係る調停が申し立てられた平成21年×月から平成23年×月又は同居若しくは婚姻の解消に至る日の属する月まで月額8万9000円,同年×月から同居又は婚姻解消に至る日の属する月まで月額9万3000円を婚姻費用として相手方に支払うよう命じた。

 抗告人は原審判を不服として抗告し,別紙「抗告理由書」(写し)に記載のとおり主張した。相手方は別紙「意見書」(写し)に記載のとおり主張した。

2 当裁判所の判断
(1) 当裁判所も,給与所得者である相手方の税込収入(年額82万9230円)及び自営業者である抗告人の課税される所得金額(年額326万2501円)等にかんがみ,抗告人に対し,原審事件に係る調停が申し立てられた平成21年×月から平成23年×月又は同居若しくは婚姻の解消に至る日の属する月まで月額8万9000円,同年×月から同居又は婚姻解消に至る日の属する月まで月額9万3000円を婚姻費用として相手方に支払うよう命ずるのが相当と判断する。その理由は原審判に記載のとおりである。

(2) 抗告人は,賃貸アパートのローン等多額の債務を負担しているから原決定によって命ぜられた婚姻費用の支払は負担能力を超えると主張する。婚姻費用の支払義務は自分の生活を保持するのと同程度の生活をさせる義務(生活保持義務)であって,抗告人が主張するような債務の支払に劣後するものではない。

 抗告人は,相手方が長男に係る子ども手当(平成22年度における子ども手当の支給に関する法律(平成22年法律第19号)参照)を受給しているから,これを相手方の収入に含めるベきであると主張する。子ども手当制度は,次代を担う子どもの育ちを社会全体で応援するとの観点から実施されるものであるから,夫婦間の協力,扶助義務に基礎を置く婚姻費用の分担の範囲に直ちに影響を与えるものではない。

 抗告人は,長女が通う公立高等学校の授業料が無償化されたから(公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律(平成22年法律第18号)参照),相手方の生活費がそれだけ減少したと主張する。公立高等学校の授業料はそれほど高額ではなく,長女の教育費ひいては相手方の生活費全体に占める割合もさほど高くはないものと推察されるから,授業料の無償化は,抗告人が負担すべき婚姻費用の額を減額させるほどの影響を及ぼすものではない。

 また,これらの公的扶助等は私的扶助を補助する性質のものであるから,この観点からも婚姻費用の額を定めるにあたって考慮すべきものではない。

3 結論
 よって,原審判は相当であり,本件抗告は理由がないので棄却することとし,主文のとおり決定をする。(裁判長裁判官 橋本良成 裁判官 森鍵 一 山崎 威)

(別紙)
抗告理由書
                 2010年(平成22年)×月×日
福岡高等裁判所那覇支部 御中
                   抗告人代理人弁護士 ○○○○

第1 審判は抗告人の実際の収支を無視している
1 審判は婚姻費用分担額の算定に際して,抗告人の実際の収支を無視し,抗告人の基礎収入を抽象的に算定している。
 その結果,抗告人に婚姻費用を分担する資力がないにもかかわらず,抗告人に対し婚姻費用の未払分71万2000円と月額8万9000円の支払を命じている。
 よって,審判は抗告人の支払能力を無視したものであるから,取り消されるべきである。

2 審判は,以下のように抗告人の基礎収入を算定した。
 抗告人の平成21年度の不動産所得金額337万8601円から社会保険料控除額(21万6100円),青色申告特別控除額(10万円)を差し引き,抗告人を自営業者として公租公課及び職業費を標準的な割合とみて,総収入の50%である163万1250円を基礎収入と認定した。
 審判はこれに基づいて権利者所帯の婚姻費用を算定し,抗告人に対し上記の額の支払を命じた。

3 しかし,抗告人の総収入は月113万4278円(賃金+家賃収入)であるが,支出は116万3356円であり,支出が収入を3万円余り超えている(相手方準備書面1)。
 このため抗告人の固定資産税と市県民税の滞納額は,合計185万8300円に及んでいる。
 これは,抗告人が2つの建物(貸しアパート)のローンの支払と固定資産税を負担しているからである。
 抗告人は,ローン返済のために月76万円余を支払い,また,その固定資産税も月額に直せば月9万7900円を負担している。

4 以上のように,抗告人には婚姻費用を分担する資力はない。
 よって,抗告人に月額8万9000円の支払を命じた審判は取り消されるべきである。

第2 被抗告人の基礎収入の算定及び長女の生活費指数の誤り
1 被抗告人の基礎収入の算定の誤り

(1) 審判は被抗告人の基礎収入の算定において,被抗告人の倉庫の税込み収入平成22年×月分7万2370円,×月分6万5834円を基礎に算定している。

(2) しかし,平成22年3月31日に子供手当法(「平成二十二年度における子ども手当の支給に関する法律」)が成立し,4月1日より施行された結果,15歳以下の子供については,平成22年6月以降月額1万3000円の子供手当が親に支給されている。
 長男は平成8年×月×日生まれであり,現在14歳であるから,子供手当の対象児童である。
 よって,被抗告人には平成22年4月以降月額1万3000円の子供手当が支給されているはずである。

(3) しかし,審判は被抗告人の基礎収入の算定において,勤め先の倉庫の給与のみを基礎として,子供手当を収入に含めていない。

2 長女の生活費指数の誤り
(1) 審判は長女(平成6年×月×日生,15歳,高校1年生)の生活費指数を90として計算して,権利者所帯の生活費を算出している。

(2) しかし,高校授業料無償化法(「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律」)が平成22年3月31日成立し,4月1日から施行されたことから,県立高校生は平成22年4月から年額11万8000円〔編注:原文どおり〕の授業料が不要となった。
 長女は県立高校に在学中であり,高校授業料無償化法により高校授業料は不要となった。
 よって,長女に必要とされる,生活費(教育費も含めたもの)は従来の生活費より減少するはずである。

(3) しかし,審判は高校授業料無償化法が成立する前の生活費指数「90」を使用して,権利者所帯の生活費を計算している。
 よって,同審判が使用した生活費指数「90」は,長女の生活実態を反映しておらず不適当である。

3 まとめ
(1) 以上のように,子供手当法と高校授業料無償化法の成立・施行により,被抗告人の基礎収入が増額(月1万3000円)し,また長女に必要とされる生活費が減少したにもかかわらず,審判はこれらを考慮せずに,義務者の婚姻費用分担額を定めている。
(2) よって,同審判はこの点からも取り消されるベきである。
                              以上

(別紙)
意見書
                       平成22年×月×日
福岡高等裁判所那覇支部御中
                   相手方代理人
                   弁護士 ○○○○
                     同 ○○○○

第1 抗告理由に対する反論
1 抗告理由書第1について

(1) 抗告人は,審判が,抗告人の実際の収支を無視し,抗告人の支払能力を無視したものであるから,取り消されるべきである旨主張する。

(2) しかし,抗告人の上記主張の内容は,抗告人が,収入以上の支出をしているから,支払能力がないといっているにすぎない。
 つまり,抗告人の主張は,収入を全部使ってしまえば,婚姻費用を支払う必要がないという主張にほかならず,到底認められるものではない。

(3) よって,審判が取り消される理由とはならない。

2 抗告理由書第2について
(1) 基礎収入について
 抗告人は,子ども手当を相手方の基礎収入に含めるべきである旨主張する。
 しかし,子ども手当は,あくまでも子どもを扶養する者が受給する手当であって,収入ではない。
 従前において,児童手当も,婚姻費用の算定において,基礎収入には加算しない運用がなされている。
 したがって,子ども手当を基礎収入に含めるべきではない。

(2) 生活費指数について
 抗告人は,高校授業料無償化により,審判使用の長女の生活費指数が生活実態を反映していない旨主張する。
 婚姻費用の算定については,簡易迅速に標準的な養育費を算定するため,一般的に審判が採用している計算式が用いられている。
 確かに,事案によっては個別的要素を考慮すべき場合もあろうが,標準化に際しては,個別的要素も一定程度考慮されているはずである。よって,個別的要素を考慮するには,上記計算式を用いることが著しく不公平になるような特別な事情がある場合に限られると解すべきである。

 今年度より,無償化された公立高校の授業料は年約12万円であり,かつ,授業料以外にも教育費はかかることからすれば生活費における高校の授業料の占める割合がそれほど高いとは思われず,これを考慮に入れずに計算を行ったとしても著しく不公平になるということはできない。
 以上のとおり,高校授業料無償化という事実は,標準化された生活費指数を変更すべき特別の事情とはいえず,生活費指数を変更すべき理由とはならない。

3 以上のとおり,抗告人の抗告には理由がないから,審判の結論を維持すべきである。