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判例紹介

幼少期性的虐待除斥期間適用平成25年4月16日釧路地裁判決理由全文紹介2

○「幼少期性的虐待除斥期間適用平成25年4月16日釧路地裁判決理由全文紹介1」を続けます。

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三 争点五(除斥期間)について
(1) 除斥期間の起算点等を論じる前提として、原告が罹患したPTSDについて、証人Fの証言及び証拠〈省略〉によれば以下のとおりの事実が認められる

ア PTSDの概念は、ベトナム戦争から帰還した軍人が特徴的な症状を呈していたことを契機としてアメリカ合衆国で研究が進み、診断概念がまとまってきたものである。日本におけるPTSDに関する学会(日本トラウマティック・ストレス学会)が設立されたのは平成14年ころのことであり、PTSDに関する診断技術や概念が日本国内で普及し、一般的に診断可能となったのはその後のことであった。それ以前はPTSDにより発現する症状の診断についても、発現の状況や時点に応じてさまざまな診断名をつけるほかなかった。

イ PTSDによって生じるフラッシュバックの症状は非常に断片的で、それが何であるか自分でもはっきりわからないまま恐怖にとらわれるものであるため、PTSDの原因となった過去の体験とフラッシュバックの症状を結びつけて考えることは必ずしも容易ではない。特に、子供のころの性的虐待被害は、子供の中に被害・加害といった概念や判断基準がないゆえに、加害行為を「何か訳の分からない気持ちの悪い怖い体験」としてしか捉えられず、フラッシュバックの症状が発現したとしてもその症状と自分の被害体験を結びつけて認識するのは困難である。成長して性的行為の意味を理解できるようになっても、原因となった精神的外傷行為から長時間が経過しているため、断片的なフラッシュバックの症状を過去の被害体験と結びつけて認識するのは難しくなる。また、被害体験についてはその記憶が想起しないよう回避作用が働くため、被害体験についての認知がずれることもあり、回避作用が働いていることを自分で認識するのは難しい。そのうえ、PTSDの原因となった精神的外傷の程度が深ければ深いほど、自尊感情の低下、自責感、無力感などで被害の認知過程が傷つけられるため、被害体験と自分の症状を結びつけて考えることが難しくなる。

(2) 除斥期間の起算点について
ア 民法724条後段に定める20年間の期間は、不法行為による損害賠償請求権について、被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を面一的に定めたものであり、除斥期間を定めたものと解するのが相当である(最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照。以下「平成元年最判」という。)。本件性的虐待行為は、最終のわいせつ行為が昭和58年1月上旬であるところ、原告は、本件性的虐待行為に基づく損害賠償請求権について、除斥期間は経過していないとして上記のとおり種々の主張をしている。そこでまず、本件について除斥期間の経過の有無を判断するにあたり、どの時点を起算点とすべきかを検討する。

 民法724条後段では除斥期間の起算点について「不法行為の時」と規定されており、加害行為が行われた時に即時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかしながら、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる特質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁、最高裁平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻七号1802頁等参照)。

 そして、民法724条後段の規定を、不法行為による損害賠償請求権について、被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたもの、すなわち、除斥期間を定めたものと解する(平成元年最判)限り、「加害行為が終了してから相当の時間が経過した後に損害の全部又は一部が発生した時点」とは、疾患についての症状が客観的に発生した時点、すなわち発症の時点とみるべきであり、その症状について具体的な診断を得た時点ではないと解するのが相当である。なぜなら、客観的にみて疾患が発症している場合には、すでに被害者について現に苦痛等の損害が発生していると言わざるを得ないのであり、症状の原因について具体的な診断を得られていないことは、損害発生の有無についての被害者側の認識に関する事由に過ぎないと考えられるからである。

イ そこで、本件について、本件性的虐待行為による損害の発生時がいつであったかについて検討するに、原告のPTSD及び離人症性障害については、診断こそ得られていなかったものの、発症の時点としては、前記認定のとおり、原告が6歳ころから7歳ころといわざるを得ない。この点原告は、本件が、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合に該当すると主張するが、原告の主張する損害は本件性的虐待行為により発生したPTSD等の精神疾患に対する慰謝料であり、その主たる症状であるPTSDに罹患したことによる諸症状は、前記のとおり原告が6歳ころから7歳ころ既に生じていたのであるから、その時点で損害も発生しているものと解するほかない。

 うつ病については、PTSDに遅れて発症したといううつ病の正確な発症時期は不明であり、原告には、操作的診断基準におけるうつ病の診断要素となる症状が平成18年9月以降顕著に認められていたものの、原告のうつ病はPTSDに付随して発症したものと理解され、また、原告には、本件当時ころから、操作的診断基準におけるうつ病の診断要素となる症状の一部が生じていたものである以上、これを一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れるようなものとみることはできない。
 したがって、本件性的虐待行為による原告の損害は、「加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生した場合」に当たるものとは考えられない。

ウ なお、以上の検討によれば、原告には本件性的虐待行為の終了前にPTSD及び離人症性障害の損害が発生していたことになる。この場合に、多数回のわいせつ行為からなる本件性的虐待行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間の起算点をどの時点と捉えるかという問題が生じ得るものの、仮に、一連のわいせつ行為からなる本件性的虐待行為を一個の行為と擬制して、その起算点を本件性的虐待行為の最終時点としても、その時点から本件訴訟の提起までに20年が経過しているから、上記の点を検討するまでもなく除斥期間は経過していることになる。原告は、本件性的虐待行為が継続的不法行為であり、本件性的虐待行為の後にも損害が継続的に発生しているから、除斥期間の起算点は、原告の完治した時点又は確定診断を得た時点である旨主張しているが、原告が主張している損害の発生時は、PTSD及び離人症性障害が発症した時点であるのは前記のとおりであり、最終のわいせつ行為は昭和58年1月上旬ころであるから、原告の主張は採用の限りでない。

 そうすると、原告の本件性的虐待行為に基づく損害賠償請求権については、民法724条後段に定める除斥期間がすでに経過していることになる。

エ また、原告は、原告が成人した時点を除斥期間の起算点と解すべきとも主張している。しかしながら、民法724条後段の20年の除斥期間の起算点が不法行為時であることは、条文の文言上明らかであり、前記のとおりの同法724条後段の趣旨や同条前段が損害及び被害者を知った時を時効期間の起算点としていることと対比すると、同条後段にいう「不法行為の時」を権利行使の可能性の観点から解釈することはできないものといわざるを得ない。後記のとおり、除斥期間に関して、民法上の時効停止規定、すなわち、時効完成の間際に時効中断を不能又は著しく困難にする事情が発生した場合に、時効によって不利益を受ける者を保護してその事情の消滅後一定期間が経過するまで時効の完成を延期する規定を準用する余地があるとしても、原告が主張するように権利行使の可能性のないことが除斥期間の進行自体を停止させるものと解することはできないというべきである。

(3) 時効停止規定の準用ないし除斥期間の適用の制限について
ア 原告は、本件性的虐待行為により、原告が平成23年3月まで心神喪失の常況にあり、それから六か月以内である平成23年4月に本件訴訟を提起しているから、民法158条の法意に照らし、724条後段の効果は生じない旨を主張している。
 この点、不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6か月内において不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が後見開始の審判を受け、後見人に就職した者がその時から6か月内に損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である(最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻四号1087頁。以下「平成10年最判」という。)。

 しかしながら、本件では、前記認定のとおり、原告がPTSD等の精神疾患による深刻な精神症状に苦しんでいたことは認められるものの、前記認定のとおりの原告の生活歴等によれば、原告が本件行為当時から平成23年3月まで心神喪失の常況にあったとまでいうことはできない。
 したがって、原告の主張は採用できない。

イ また、原告は、本件性的虐待行為は、犯罪に該当するものであって、権利濫用、信義則により除斥期間の適用を制限すべき場合に該当する旨主張する。
 この点、民法724条後段の規定は、前記のとおり、不法行為による損害賠償請求権について、被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を除斥期間として画一的に定めたものであり、不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により上記請求権が消滅したものと判断することになる(平成元年最判)。したがって、当事者の一方が除斥期間を主張することがおよそ信義則違反又は権利濫用になるという主張は、主張自体失当である。

 もっとも、「不法行為の時」から20年が経過したことにより、一律に民法724条後段の効果が生じるとすべきではない場合もあることは、前記平成10年最判が判示するとおりである。しかし一方で、上記の20年という期間は、不法行為によって損害を被った被害者の保護を図るとともに、不法行為の加害者とされ得る者につき、長期間の経過により反証のための資料を失った後に訴訟上加害者とされることを防ぐという、相反する利害の調整を考慮して、除斥期間として20年という期間を定めることが法の正義・公平に合致するとの前提のもとに規定されている以上、その適用場面を広く制限すべきものと解することは相当ではない。

 そして、不法行為によって損害を被った被害者について、除斥期間の経過により損害賠償請求権の行使が制限されることを規定する根幹には、被害者が客観的には当該権利を行使することが可能であったことを前提に、それにもかかわらず主観的な事情により、事実上当該権利を行使することができないまま20年が経過したような場合には、もはや権利行使が遮断されたとしてもやむを得ないとの価値判断が存在するものと考えられる。そうすると、平成10年最判のように、民法の時効の停止に関する規定を準用等することにより、例外的に同法724条後段の適用制限を認めるべきものと解されるのは、除斥期間の経過前の時点において、不法行為の被害者が、損害賠償請求権の行使をすることが客観的に不可能であって、かつ、そのような状態が加害者による当該不法行為に起因するもので、加害者が除斥期間の経過によって損害賠償を免れる結果となることが著しく正義・公平の理念に反するものと認められるような特段の事情がある場合に限られるというべきである(なお、最高裁判所平成21年4月28日第三小法廷判決・民集63巻4号853頁も参照)。

 原告は、上記特段の事情に該当し得る事情として、本件当時は、原告は3歳から8歳であり、性行為の意味・内容を認識していなかったこと、本件性的虐待行為の被害者である原告と加害者である被告が親族であり、原告の両親が原告を代理して、原告の損害賠償請求権を行使する可能性がなかったこと、PTSDの概念や診断基準が確立されたのは阪神大震災以降のことであり、原告の診断が可能となったのはここ数年であること、PTSD自体の特性により、PTSDに罹患した性的虐待の被害者が、性的虐待によりPTSDに罹患していることを自覚することは困難であり、原告は、東日本大震災後の報道等により初めて本件性的虐待行為とPTSDの諸症状が結びつき、原告が損害賠償請求権を行使することが可能になったことを主張している。

 確かに、被告による本件性的虐待行為により原告がPTSDに罹患したことによって、原告がPTSDの罹患とその原因について自覚することがより困難な状態におかれたことは前記認定のとおりである。しかしながら、原告には、未成年である間は、法定代理人たる親権者が存在していたし、原告が成人後は、原告自身が損害賠償請求権を行使する法的能力を有していた。そして、幼少時の性的虐待行為についても、通常の不法行為に比して困難であるとは言えるものの、一般的には周囲の気づきや援助、その他被害者にとっての何らかの契機があれば損害賠償請求権を行使することは可能であり、これは通常の不法行為と異なることはない。

 そうすると、本件においては、上記の諸事情を考慮しても、PTSDと診断されるまで原告の権利行使がおよそ客観的に不可能であったとまでは言うことはできず、原告が主張する上記の諸事情は、いずれも主観的な事情により権利を事実上行使できなかったことを主張するものにすぎないと言わざるを得ない。

 加えて、本件においては、原告の権利行使が困難であった理由は、上記のとおり、主として性的虐待行為やそれから生じる被害に内在する性質のゆえであり、被告において、本件性的虐待行為を行った以外に、原告の被害をことさらに隠蔽するなど原告の権利行使を困難ならしめたような事情は認められない。

 以上を考慮すると、本件は、被害者が損害賠償請求権の行使をすることが客観的に不可能であって、かつ、そのような状態が加害者による当該不法行為に起因するもので、加害者が除斥期間の経過によって損害賠償を免れる結果となることが著しく正義・公平の理念に反するものと認められるような特段の事情がある場合には該当しないというべきである。

ウ また、原告は、いくつかの裁判例を指摘し、本件性的虐待行為が刑法上の犯罪を構成するものであるから、除斥期間の適用を排除すべきことを主張している。仮に、前記イで検討した特段の事情が認められる場合以外にも、除斥期間の適用を制限すべき場合があり得るとしても、それは、除斥期間の対象とされるのが国家賠償法上の請求権であって、その効果を受けるのが除斥期間の制度を創設した国であるような場合で、かつ、被告が損害賠償義務を免れることが、著しく正義・公平の理念に反するものと認められるような事情がある場合と解すべきであって、本件はそのような場合に該当しない。

(4) そうすると、本件性的虐待行為に基づく原告の損害賠償請求権は、民法724条後段に定める除斥期間の経過により消滅していると言わざるを得ない。

第四 結論
 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 河本晶子 裁判官 賀嶋敦 裁判官廣瀬裕亮は転官のため署名押印できない。裁判長裁判官 河本晶子)