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小松亀一法律事務所は、「男女問題」に熱心に取り組む法律事務所です。

判例紹介

建物明渡請求を権利濫用とした平成26年8月21日東京高裁判決全文紹介1

○平成12年に婚姻し,長女(平成13年生)及び二女(平成16年生)のいる夫婦の共有名義として婚姻中の平成20年に共同で新築して取得した自宅(持分夫7分の6,妻7分の1。敷地は夫の実父が所有し,使用貸借契約による。)について,平成25年に別居した有責配偶者である夫が、現在もこの自宅に長女・二女と共に居住している妻に対し,共有物分割請求として,本件建物を控訴人の単独所有とすること,裁判所の定める相当額の価格賠償金と引換えに被控訴人の持分7分の1の持分全部移転登記手続及び自宅の明渡しを請求して訴えと提起しました。

○これに対し、一審の東京地裁平成26年4月10日判決は、夫の請求は権利濫用に当たるとして棄却したところ,夫が控訴した結論である平成26年8月21日東京高裁判決(LLI/DB 判例秘書)全文を2回に分けて紹介します。

○夫の請求が権利濫用に当たるかどうかが唯一の争点でしたが、東京高裁判決は、「民法258条に基づく共有者の他の共有者に対する共有物分割権の行使が権利の濫用に当たるか否かは,当該共有関係の目的,性質,当該共有者間の身分関係及び権利義務関係等を考察した上,共有物分割権の行使が実現されることによって行使者が受ける利益と行使される者が受ける不利益等の客観的事情のほか,共有物分割を求める者の意図とこれを拒む者の意図等の主観的事情をも考慮して判断するのが相当であり(最高裁判所平成7年3月28日第三小法廷判決・裁判集民事174号903頁参照),これらの諸事情を総合考慮して,その共有物分割権の行使の実現が著しく不合理であり,行使される者にとって甚だ酷であると認められる場合には権利濫用として許されないと解するのが相当である。」との枠組みで詳細な事実認定をした上で,夫の請求は,権利の濫用に当たり許されないと結論づけました。

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主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。
2 原判決別紙物件目録記載1の建物を控訴人の所有とする。
3 被控訴人は,控訴人に対し,価格賠償として裁判所が相当と認める金員を控訴人が支払うのと引換えに,第2項の建物の被控訴人持分7分の1について,共有物分割を原因とする持分全部移転登記手続をせよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,前項の金員を控訴人が支払うのと引換えに,第2項の建物を明け渡せ。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2 事案の概要(略称は原判決のものを用いる。)
1 本件は,平成12年に婚姻した控訴人と被控訴人が婚姻中の平成20年に自宅として新築し,夫の控訴人が7分の6,妻の被控訴人が7分の1の持分割合の共有名義とし,控訴人と被控訴人が両者の間の子2人と共に居住していた原判決別紙物件目録記載1の建物(本件建物)について,平成25年になって本件建物から退去して別居を開始した控訴人が,被控訴人に対し,民法258条に基づく共有物分割請求として,本件建物を控訴人の単独所有とすること並びに控訴人の被控訴人に対する価格弁償金の支払と引換えに本件建物の被控訴人持分7分の1の控訴人に対する持分全部移転登記手続及び本件建物の明渡しを求める事案である。
 原審は,控訴人の請求について権利濫用であるとして棄却したところ,控訴人が控訴した。

2 本件の前提事実,争点及び当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1及び2(原判決2頁1行目から同3頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決2頁11行目の「これを」から同12行目の「持分割合で」までを「控訴人7分の6,被控訴人7分の1の持分割合による共有名義とする所有権保存登記がされ,本件建物を」に改め,同15行目から同16行目にかけての「確執が生じ」を削る。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の本件請求は権利の濫用として許されない(民法1条3項)と判断する。その理由は,以下のとおりである。


2 認定事実
 前提となる事実に加え,証拠(証拠略)及び後掲証拠並びに弁論の全趣旨によると次の各事実が認められる。
(1) 控訴人と被控訴人は,平成12年○月○日に婚姻した夫婦であり,両者の間に長女A(平成13年○月○日生)及び二女B(平成16年○月○日生。以下両名を「子ら」という。)が出生した。
 控訴人と被控訴人は,婚姻の日から控訴人の父であるDが所有する原判決別紙物件目録記載2の東京都C区所在の宅地(本件土地)の上に建築してあった古い一戸建ての建物を無償で借り受けて居住していたところ,夫婦の共同生活を営み,子らを監護養育する生活の本拠となる自宅とするため,平成20年9月3日,Dの承諾を得て上記の古い建物を取り壊した上でDから本件土地を無償で借り受け,本件土地上に本件建物(木造陸屋根2階建居宅)を共同で新築した。本件建物の建築費等約5000万円(建築費本体4200万円,外構費等約800万円)は,被控訴人が婚姻前から有していた預金,控訴人がDから援助を受けるなどして準備した資金,両者の婚姻中に貯めた資金のほかは,控訴人を借受人とする住宅ローンによって支出された。

 本件建物について,同月19日,控訴人7分の6,被控訴人7分の1の持分割合による共有名義とする所有権保存登記がされ,本件建物及び本件土地について,同日付け及び同年5月15日付けで債務者を控訴人,抵当権者をE保証株式会社,債権額を3200万円とする抵当権設定登記がされた(甲2,3)。なお,本件建物の平成25年度の固定資産評価証明書の価格は,949万8800円であり(本件記録),控訴人は,本件建物の価格につき2267万3000円,本件土地の使用借権を1割とする価格につき912万7000円,合計3180万円(査定時点・平成26年1月1日)とする意見書(甲11)を提出している。上記抵当権の現在の被担保債権額に係る証拠は提出されていないが,抵当権設定時からの経過年数を考慮すると同設定時の債権額の相当額が残存していると推認される。

 本件建物の隣には,Dが所有する建物があり,控訴人の両親であるDとその妻が居住している。

(2) 控訴人及び被控訴人は,本件建物で子らと4人で生活していたが,平成22年6月下旬頃に控訴人による不貞行為が被控訴人に発覚し,同年7月中旬頃に被控訴人が控訴人に不貞の事実を突きつけたが,控訴人が被控訴人に謝罪してやり直したいと申し入れたため,控訴人と被控訴人は同月下旬に家族旅行に行くなどして家庭内が円満になるよう努めていた。

(3) このような経緯により,控訴人と被控訴人は,同年8月19日,「従来のことをすべて水に流して新たな気持ちで今後互いに協力して円満な家庭を築くことを誓約し,以下のとおり合意する」として,①控訴人は従来交際のあった婚姻外女性との関係を完全に絶つことを誓約する,②今後,控訴人が婚姻外女性と不倫関係を結んだことが発覚した場合,控訴人は慰謝料として1000万円を直ちに支払い,速やかに被控訴人との間で別居ないし協議離婚に応じる,③控訴人と被控訴人が別居又は離婚した場合,控訴人は被控訴人に対し,子らが22歳に達するまで各月額10万円の養育費を支払い,また,子2人とも27歳になる平成43年(2031年)まで本件建物を無償で貸し渡し,控訴人が本件建物のローンを引き続き支払うものとする旨記載された「誓約書」と題する書面(乙1)を作成してそれぞれ署名押印し,上記の合意をした。

(4) しかし,平成22年秋頃に控訴人と別の女性との不貞行為が発覚し,被控訴人は,夫婦関係調整調停を申し立て,控訴人との夫婦関係の修復を模索していたものの,同年10月28日,控訴人の暴行により全治10日間を要する背部,腰部,前胸部,右悸助部挫傷の傷害を負って病院で診療を受け(乙3の1),さらに,平成23年1月18日,控訴人の暴行により全治10日間を要する右手,右肩挫傷の傷害を負って病院で診療を受け(乙3の2),警察に控訴人から暴力を受けたと通報する事態が生ずるなど,控訴人と被控訴人との夫婦関係は悪化した。また,被控訴人が平成24年9月30日午前1時30分頃,飲食後の女性の友人3人を連れて帰宅したところ,まだ就寝しておらず居間にいた控訴人が玄関に赴いて入室を阻止しようと友人1人の体を押し戻したところ,その友人が上がり框に転倒して負傷し,病院で診療を受け,通報により警察官が臨場する事件が起き,その友人が警察に控訴人による傷害の被害届を出して控訴人が検察庁で取調べを受けるという事態も生じた。

(5) このような状況の中で,被控訴人は,平成23年3月23日に離婚訴訟(東京家庭裁判所平成23年(家ホ)第○○号離婚等請求事件)を提起し,控訴人の不貞行為等を主張し,その後,控訴人との間で財産分与,親権及び養育費等について和解協議がされ,被控訴人の代理人弁護士から平成24年11月19日付け書面(甲5)で,被控訴人が現在の住居を出て行くことを前提として解決を行う場合の条件としては,被控訴人が被控訴人名義の本件建物の7分の1の持分を控訴人に移転し,控訴人が被控訴人に財産分与及び慰謝料等を含めた解決金として2000万円(上記(3)の誓約書記載の1000万円と本件建物に無償で住まわせるという誓約書記載の約束に代わる住居費用1000万円の合計額)及び養育費月額20万円(誓約書記載の額)を支払うこと等を提案するなどしていたが,結局,和解協議は整わなかった。その後,被控訴人は訴えを取り下げ,控訴人はなおも離婚訴訟手続による解決を希望したが受訴裁判所から有責配偶者からの離婚請求は認められないと指摘されてそのまま同取下げに同意し,上記離婚訴訟は終了した。

(6) 被控訴人は,上記(5)の離婚訴訟係属中に控訴人を相手方として婚姻費用分担調停(同裁判所平成24年(家イ)第○○号婚姻費用分担申立事件)を申し立て,平成24年8月8日,控訴人本人と当事者双方の代理人弁護士が出頭した上で,控訴人が被控訴人に対して婚姻費用の分担金として平成24年8月から当事者双方が関係修復又は婚姻解消するまでの間,同月及び同年9月は月額3万円,同年10月から月額12万2000円(うち9万2000円は子らの教育分担金)を支払うこと,控訴人は被控訴人に対して本件建物の住宅ローン及び水道光熱費等について引き続き控訴人において負担することを確認すること,被控訴人は,控訴人に対して平成24年7月までの未払婚姻費用分担金の請求をしないこと等を調停条項とする調停が成立した(乙6)。

(7) 他方,控訴人は,家庭内において次第に孤立するようになるなどして,平成25年3月31日に本件建物から退去して別居を開始した。このため,被控訴人が控訴人を相手方として同月15日に同裁判所に同居調整調停を申し立てたが,控訴人は,被控訴人を相手方として離婚調停(同裁判所平成25年(家イ)第○○号事件)を申し立て,これと平行して同年5月16日に東京地方裁判所に本件訴訟を提起し,現在も同離婚調停事件が係属している。

(8) 控訴人の別居以降,本件建物には被控訴人及び子らが引き続き3人で居住している。長女は成長ホルモン分泌不全性低身長症に罹患し,2か月に1回の通院治療が必要であり東京都C区所在の病院に通院し(乙9),二女も原因不明の低身長症に罹患し,定期通院が必要な状況にあり同病院で診察を受けており(乙10),被控訴人ら3人は同区所在の本件建物を生活の本拠として暮らし,本件建物が子らの通学及び通院の拠点となり,被控訴人の子らに対する監護養育のための良好な環境として整っている。

 被控訴人は,家族3人の生活費(子らの教育関係費を含む。)を捻出するためにほとんど休むことなく介護関係の仕事に就労し,生計を支えてきているが,もし本件建物からの転居を余儀なくされて住居費用等の負担が生ずるとその家計の維持は困難となる。被控訴人は,この過重な労働に加えて,控訴人から本件訴訟を提起されて住む場所を失うという不安が続き,日常生活に支障を来し,「ストレス反応」の診断名により現在,投薬及びカウンセリングを受け同区所在の病院に通院している(乙8)。

 なお,被控訴人は,上記(5)の離婚訴訟手続の中で家庭裁判所調査官等から夫婦としてやり直せないかと諭され,子らがまだ小さいことから離婚を思いとどまり,上記のとおり離婚訴訟を取り下げて控訴人とやり直すことを考え,円満に同居することを希望しており,本件訴訟において控訴人が上記(6)の調停に基づいて被控訴人に支払う婚姻費用等の負担が過大である旨の主張に接し,控訴人がそのように考えるのであれば被控訴人の希望のとおり同居を再開すればよいのにと思っている。

(9) 他方,控訴人は,出版社に勤務して安定した収入を得ている。控訴人は,被控訴人及び子らと別居した後の現在の住所地を明らかにしておらず,控訴人の実家であるD所有の建物で同居することもできることもうかがわれ,控訴人の代理人弁護士も関与の上で成立した上記(6)の調停に基づく婚姻費用分担金及び本件建物に係る住宅ローン等を支払っても,控訴人の現在の生活状況に格段の支障はない。